株式会社ディー・エヌ・エー エンジニア特集

DeNA RECRUITING

エンジニア特集


エンジニアインタビュー


“エンジニアを起点にキャリアを広げる”
成功体験はエンジニアが自ら考えて作ったサービス
代表取締役社長
守安 功
東京大学大学院(工学系研究科航空宇宙工学)を修了した1998年に日本オラクルに就職。しかし翌年にはスタートアップ間もないDeNAにエンジニアとして転職。モバオク(2004年)、モバゲータウン(2006年)、ソーシャルゲーム(2009年)と大きなサービスの仕掛け人として、エンジニアのパワーを信じ続けている。

インターネットのワクワクからDeNAに参加


―― 経歴を拝見すると、大学院を修了してオラクルに新卒で入社されて、すぐDeNAに転職されていますね。オラクルのような大きな企業からスタートアップ企業に移るのはかなり勇気が必要な決断だと思ったのですが。
守安  実はDeNAに入る前にも、大学の同期に「起業しよう」と誘われていたんです。インターネットの世界では、米国を中心に1998年から99年にかけて、eBayやアマゾン、ヤフーなどがすごい勢いで成長していました。いわゆる「第一次ネットバブル」ですね。友だちに誘われて、よくよく調べると、これは熱いことになっている。この波は確実に日本にも来る。これはヤバイ。
    私が勤めていた1998年当時のオラクルは絶好調でしたが、ネットの波を肌で体感していたので、オラクルはなぜインターネットのビジネスをやらないのか。そういう感覚でした。勇気があるというより、今まで通り働いていることのほうがおかしい。

―― インターネットが「ヤバイ」のはテクノロジーとビジネスの両面があったと思いますが?
守安  テクノロジーよりは、ビジネスのほうです。いろんなサービスが生まれて、できなかったことが、できるようになる。非常に便利な世界になる。世の中が変わる。そういうことにワクワクしましたし、そこで新しい事業が生まれ、企業が急成長している。ビジネスとしてもポテンシャルを感じました。

―― DeNAにはスタート時点で参加されたんでしょうか。
守安  正式にはビッダーズ(現:DeNA SHOPPING)という最初のサービスが始まる少し前に途中から入って、プログラミングよりも設計やインフラの負荷対策などをやっていました。

―― エンジニアとしてソースコードをずっと眺めているというわけではなかったんですね。
守安  オラクルのときもプログラムを書いていましたし、ビッダーズでも書きましたが、プログラムが得意かというとそうでもないですね。
  プログラムが好きで面白いからというより、インターネットで新しいビジネスをするためにはシステムが必要ですよね。インターネットはすべてシステムで出来上がっているので、技術がわからなければ何もできない。機能を思いついても、作れるかどうかはエンジニアでなければわからない。
  マーケティング的に分析するにしても、エンジニアなら生のデータベースからデータを拾ってきたり、ログを分析したりできます。そのほうが早い。私も本番のデータを分析して、営業的にしなければいけないことを提案しました。会員を獲得しても全然お金に結びついていないから、やり方を変えなければいけないという感じで。

―― 開発もするしビジネスも見るという形ですね。
守安  初期のDeNAは人もあまりいないし、混沌としていて、部署の垣根もなく、自由に意見を言い合える環境でした。開発する人もマーケティングをする人も、一緒になってデータを見て議論しながら進めることができました。
  もともと私もどんなサービスを作っていくのか、ビジネス的に儲かるのかということに興味があって入ったので、エンジニアという職でありながら、サイトにこういう傾向があるから、こういう施策をやっていきましょうと、どんどん口を出していたら、いろんな仕事が降ってきた感じです。
  エンジニアをやって、マーケティングをやって、新規事業を検討したり、トラフィックが増えてきたらまたエンジニアをしたり、経営企画をしたり、4~5年間はいろんな部署を経験して、それからモバオクという新しいサービスを始めるときに責任者になりました。

アルバイトのエンジニアがひとりで作ったモバオク


守安  モバオクは、少人数で始めたので、DeNAの初期のころに戻った感じでした。新しいフィールドで自由にできるというのが大きかったですね。
  何人かでチームを組んで、プロジェクトマネジャーがいて、仕様を書く人がいる、という体制が普通だと思いますが、それだと動きが遅くなります。当時のビッダーズもエンジニアが20人ほどになって、システムも複雑化していたので、細かい改修も大変でしたし、フレキシビリティもなくなってきていました。
  そういうやり方ではなく、1人で作って軽快にメンテナンスできる体制にしたくて、当時まだバイトだった川崎(修平・現在は取締役)に「新しい形態のオークションサイトを作るが、1人でできるか?」と訊くと「できます」というので任せました。2003年の10月ごろです。

―― 仕様もすべて任せるということですか。
守安  エクセル1枚ぐらいの仕様書、というかやりたい項目を書いたものは渡しましたが、後はすべて任せる。

―― 「できます」と言ったにしても、アルバイトに新サービスの開発をすべて任せてしまうことに不安はなかったのでしょうか。
守安  川崎はもともと「オークション統計ページ(仮)」というサイト(現「オークファン」)を作っていましたが、南場から「会いに行け」という指令がくるほどすごいサイトでした。
  バイトとしても分析ツールなどを作ってもらっていましたが、すごくパフォーマンスが高くて、能力もスピードもあり、頼んだ仕事も全部やってきていたので、不安がゼロかというとゼロではないのですが、できると思っていました。

―― 確かに「モバオク」は2004年3月に携帯電話専用のオークションサイトとしてサービスを開始していますから、作ることができたわけだし、成功もしていますね。
守安  それが成功パターンになっています。その後のDeNAのサービスは、基本的に川崎が1人で作るというやり方で成功してきました。モバオクもそうだし、ポケットアフィリエイトというアフィリエイトのネットワークもそうだし、モバゲーもそうです。
  少人数の体制で、エンジニアが主体的にサービス自体、要件も含めて、喜ばれるサービス・ウケるサービスをつくるのが、1つの成功のパターン、スタイルとして確立されています。
  ただ、近年は会社も大きくなり、モバゲーも巨大になって、企画職が企画を考えて、エンジニアは言われたものを作るという状況になっていました。それはよくない。もう一度、エンジニアが主体的に考えてサービスを作れるようにしよう。ということで、ソーシャルゲームはエンジニア主体の体制で作らせた。そうすると、その中でヒットが出てきました。


ソーシャルゲームにはギリギリで間に合った


―― ソーシャルゲームの話が出たので詳しくうかがっていきたいのですが、取り掛かったのは2009年5月ごろというお話でしたよね。
守安  その前から準備していました。本格的に人員を強化したのが5月です。チームを増やして、やり方も変えました。

―― まだ国内にソーシャルゲームの成功事例がなかったころですよね。
守安  「ソーシャルゲーム」と言い出したのは最近だと思いますが、少なくとも、コミュニティとゲームを絡ませて、アイテムの課金で儲けるモデルは他社が先にやっていました。
  一方で国外のSNSを見ても、ほとんどPCのプレイヤーですが、ソーシャルゲームが出てきたことによって、いろんなプラットフォームが成長していました。Facebookしかり、中国のRenRen(レンレン)しかり。ユーザー数も爆発的に増えて、課金もうまくいっている。ソーシャルゲームという概念はなかったにせよ、ジャンルとしては確立されていました。
  なので、我々もやらなければ、ということです。当初はMMORPG(多人数オンライン・ロールプレイングゲーム)のようなアプリや、何社かのゲーム会社と提携して作ったりしましたが、なかなか爆発的にヒットするものが出てこなかったんです。やはり内部で作らなければ、ということでチームを3つ立ち上げました。

―― それがソーシャルゲームにつながっていくわけですね。
守安  しかし、その進捗も芳しくなかった。パワーポイントで企画書を書いて、いろんな人が出てきて企画会議をやる。ところがソーシャルゲームはやったこともないので、よくわからない。よくわからないので、コンセプトは何か、ターゲットはどこか、何人かで会議をすると意見がいろいろ出てくる。コンセプトを明確にしようと1週間たち、また企画書が出てきて、まだ曖昧だということで、また1週間たつ。
  企画書をベースに何人か集まって議論しても、まったく進捗しない。もう企画書はいらない。とりあえずエンジニアにサービスを作らせて、モノを見て判断しよう。動くものがあれば、面白いか、悪いか、より具体的に言える。まずはエンジニアが自分でモノを作る。
  あとは、そんなチョロチョロやっていたのでは勝てない。3本ではなくて一気に6本。ということでソーシャルゲームを作る部隊を6つに増やしたのが、2009年の5月です。

―― 大きくなることがわかれば注力していく、その判断が早いですね。
守安  いえ、遅すぎました。もっと早くジャッジできてしかるべきでした。他社が大きく売り上げを伸ばしているのはわかっていたので、そのときに適切な手を打てたはずです。半年から1年は遅れてしまった。

―― それは今から思う反省点ですか。
守安  そうですね。でも6チームにがんばってもらって、良いゲームが提供できたので、何とかギリギリ間に合いました。

―― 間に合ったどころでなくソーシャルゲームは大成功だと思いますが、成功の要因はどういったところにあったのでしょう。
守安  ソーシャルゲームはいわゆるコンシューマー用のゲームではなく、その中にどうコミュニケーションの要素を取り込むかがキーになっています。従来のゲームに捉われず、今までコミュニティ・SNSを運営してきたノウハウをもとにできたのは大きいと思っています。そもそもDeNAにゲームを作った経験があるエンジニアはほとんどいなくて、コミュニティの運営というか、インターネットサービスしか作っていません。

サービスのマインドを持ったエンジニアを厚く採りたい


―― 今のお話をうかがって気がついたのですが、モバゲー(現:Mobage)は成長し続けているというイメージがあったのですけど、そうではないのですね。
守安  モバゲーを2006年の2月から始めて、2007年末まではとんでもない勢いで成長していました。2008年以降はフィルタリング問題などもあって、2009年の途中まで1年半ぐらいは、横ばいになった感じです。

―― 停滞していた要因はどういったところにあるのでしょう?
守安  急拡大していく事業に合わせていろんな職種を採用する中で、思ったほどエンジニアが採れなくて、人数的にアンバランスが出てきました。企画職で入った人間は企画を考えるのが仕事ですから、やりたいことをいろいろ考える。企画がたくさん出てきて、エンジニアは言われたものを作るようになりました。
  ところが、結果的にいいサービスが出ていないことも踏まえて、エンジニアが主体的にサービスを考えて作っていくやり方に意識的に変えていこうと舵を切りました。やり方を変えてみようという感じです。2004年から2006年にかけては、エンジニアがサービスを考えて作っていくとうまくいくことが続いていたので、基本的にはその方向が正しいと思っていました。

―― やり方1つでそんなにうまくいくものだろうかという気がしますが。
守安  作る人間の能力に依存すると思います。エンジニアが何人かいて、やり方を変えればできるかというと、そうではない。ベースのスキルやマインドを持った人間をうまく割り振らないと、うまくいかない。そもそも、そういうマインドを持ったエンジニアは採用していましたから、それが活かせていなかったということです。

―― どういうマインドを持ったエンジニアが必要なのでしょう?
守安  サービス志向をもってプログラミングできることです。言われたものを作るのではなく、このサービスは面白い、こういうものを作りたい、というサービスのマインドですね。実際のサービス、どんなものがユーザーにウケるのか、どんなものが競合で流行っているのかに興味があって、そういうサービスを作りたいと考えて、しかも行動に落とせる。
  一番重要なのは、一定水準のプログラミングスキルを備えた上で、世の中の人に使ってもらえるサービスを、自分で考えて、作りたいということです。そういう層を厚く採りたい。自分でサービスを考えてプログラミングまでできる人間は、言われたものを作る10人以上に匹敵する価値だと思っています。

―― そういう人材を採用したいし、育てていくという方向ですね。
守安  はい。

―― 今回は10人以上のエンジニアに話をうかがっていますが、皆さん同じように、技術がわかった上でサービスを下から上まで1人が見る、ということをおっしゃっています。企業のマインドとして、かなり徹底されているという印象を受けました。
守安  そういう人だから(インタビューに)選ばれたのかもしれませんが、基本的には全員が、そうやって良いサービスを作って成功してきたと思っています。しかも、サービスを提供している会社でエンジニアをしている意味は、言われたものを作るのではなくて自分で考えることだ、という認識に大きなズレはないでしょう。

―― 企画職から入ってエンジニアになられた大塚さんのような方もいらっしゃいますね。
守安  大塚は、営業推進で1年ぐらい企画っぽいことをやっていて、自分は仕事ができるという感じでしたが、まだまだ甘い、インターネットの世界においてシステムもわからないとそんなに伸びない。本人としても「ぜひやりたい」ということだったのでゼロベースからエンジニアを始めました。
  それが成功事例として出てきたので、今はエンジニアではない人をエンジニアにすることもやっています。

―― 守安さんが入られたころの、1人の人間が何でもやるという混沌とした状況を意図的に作っているようなところもありますね。
守安  そうですね。エンジニアのスキルを持った人間がマーケティングをしたり、ビジネスを考えたりしたほうが、バランスもいいし、速いと思っています。
  今までは、エンジニアの採用がなかなか進まなかったので、そういうところに回せなかったのですが、今後エンジニアを積極的に採用できれば、エンジニアを起点にして、スキルパス・キャリアを広げていこうと考えています。
  エンジニアの経験を生かしてビジネスをリードする人材になってもかまわない。コードを書き続けたい、それが得意だという人は、今でも川崎は書いていますが、偉くなっても年をとっても、自分でサービスを作ってもかまわないです。

世界進出とモバイルマーケットの今後


―― 最後に、守安さんご自身の今後についてもお聞きしたいのですが。
守安  自分としてもそうですし、会社としてもという話になると思いますが、日本のインターネット業界は海外で成功していません。攻められる一方で、とくにPCの世界はシリコンバレーが進んでいるので、今から勝つのは難しい。
  しかしモバイルに関しては、「ガラケー(ガラパゴス・ケータイ)」と言われるように違う方向に進化した部分もありますが、使われ方、プロダクト、事業的なものも含めて、日本のモバイルは成功しています。モバイルインターネット産業のプレイヤーが外に行って勝てないと、日本のネット業界は完全に世界で戦うチャンスをなくすことになると思っています。
  そういう意味で、自分の使命として、何とか世界で成功したい。

―― 勝算はありますか?
守安  やってみなければわかりませんが、会社的にもできる体力はあると思っています。体力もあるし、勝てる可能性もあるし、成功したときのポテンシャルもデカい。だからこそ海外への展開を本格的に開始しました。

―― 海外への進出ということを視野に入れると、今後のDeNAは日本の携帯端末よりiPhoneのようなスマートフォンに注力していくことになるのでしょうか?
守安  スマートフォンの位置づけとして、携帯電話をヘビーに使っている人がすぐに移ることはないでしょう。PCをメインに使っていた人たちが、iPhoneが出て、インターネットができるということで、モバイルインターネットにようやく移ってきた。モバイルにおいては遅れて来た人たちです。
  私自身はまだまだ携帯電話にポテンシャルがあると思っています。キャリアがどんな端末を用意するかというハードウェア要素も含まれるので確実なことは言えませんが、少なくとも今、携帯電話でのインターネット利用は増えています。さらに、PCからもスマートフォンに流れていますから、モバイル全体で追い風の状況になっています。広い意味でのモバイルインターネットは、今後ますます栄えてくるでしょう。