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初出:『日経ビジネスアソシエ』 2015年9月号
夫の闘病を支えることに専念した2年間を経て2013年4月、私は常勤の役員としてDeNAの現場に復帰しました。病気になる前に健康をケアする社会を築きたい、その第一歩として、健康意識を喚起する遺伝子検査事業はどうだろう、そんなことを考えていました。
誰か仲間が欲しいなぁと思っていた時、入社の挨拶回りをしていた元総務省官僚のO井と目が合いました。病院を手伝っていた経験があると言います。ちょうどいいや。「ゲノム、やらない?」と声をかけると若干驚いた様子でしたがそれほど迷惑そうでもなく、すぐに手際よく調査を始めてくれました。O井の配属先はどこだったのでしょう? 我が社ではどの部門にいようと新規事業の検討にいくつか首を突っ込んでいるなんてことはざらなので、全く気にせず巻き込んでいきました。
専門性の高い領域に挑戦するのは楽しいですね。ゼロから勉強していくわけです。が、さすがに専門家が必要だなぁと思案していると、耳よりの情報が入ります。「DeNAでビジネスの基礎を勉強し、将来はゲノムの事業を立ち上げたい」と語っている新卒1年目の社員がいるとのこと。早速呼び出し、基礎を勉強するとか練習するとか言うな、ここで本番をやれ、とチームに入れました。元ゲノム研究者のM田くんです。「こんなに早くチャンスがやってくるなんて...。夢をあちこちで語るって良いことなんですね」とM田くんは目をキラキラさせました。
目が合ったから、とか、とにかく専門家が欲しいとか、きっかけはかなり乱暴ですが、正式なチームを組成する際は、実際、とても慎重にメンバー選びをしています。新規事業はやる気の半端な人が1人でもいたら邪魔になります。O井に関しては前職時代の評判も聞きましたし、予備調査の段階で力量が十分に分かったので正式なメンバーとしました。M田くんに関しても、当然呼び出す前に仕事ぶりを確認しています。入社数カ月でしたが、配属先の営業部門で既にしっかり実績を出していたことが誘った決め手でした。もちろん出す側の事業部長は相当渋りましたが、 M田くんの真摯に取り組む姿勢を見ていた事業部長は、夢がかなうまたとないチャンスだからと、送り出してくれたのです。地味であまり語られませんが、今やっている仕事に全力で取り組むことこそが、大きなチャンスをつかむうえで一番大切なことではないでしょうか。
さて、経営会議で事業化のGoサインが出ると、チームは手分けをして立ち上げ準備に取りかかります。
DeNAの遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」は、ユーザーから唾液を少量郵送していただき、ラボで解析し、体質や病気のなりやすさの遺伝的傾向をお知らせするサービスです。
唾液からDNAを抽出し、ATGCの文字列(※)を読み解くラボ、そして、その文字列を体質や病気のなりやすさに解釈するロジックが必要です。そのロジック作りは、文部科学省の事業にも採択され、東京大学医科学研究所(以下、医科研)との共同研究で行いました。DeNAサイドのリーダーはM田くんです。
DeNAは生命科学の博士号取得者を5人採用し、医科研とともに、データが日本人のものなのか、東アジア人のものなのか、それとも欧米人なのかによってデータの重みづけを行い、日本人向けの「疾患リスクモデル」を世界で初めて構築したのです。それはもう、大変な量の作業でした。インドに別途専門家チームを組成し、同じ作業をやって結果が一致するかを確認するなど、ミスを防ぐ仕組みを幾重にも組み込みました。
それにしても医科研の先生方の熱心さは本当にありがたかったです。毎週顔をあわせ、長時間の打ち合わせを行います。体調が悪くてお休みをされていた先生がskypeで参加してくださったこともありました。真夜中を過ぎての相談メールもすぐに返信を下さる。研究者ってゆっくり動くものだと思い込んでいましたが、勘違いでした。ロジックが完成するまでに交換したメールの数は、数千に上りました。
医科研との出会いは2013年7月に遡ります。O井と2人でゲノム研究の第一人者であられる宮野悟教授を訪ねました。静かな面持ちの中にも、研究成果を象牙の塔ではなく広く社会に還元したいという熱い想いがのぞきます。遺伝子検査をもっと身近なものにすることでこんな世界を拓きたいと、大いに盛り上がったあの日から約1年でサービスが完成しました。想いの強さが磁石となり、強力な推進力となったのです。
南場智子のDNA 私の仕事哲学 記事一覧
第10回 そう滅多にできていない 「社会人生活の初日」からできること
第9回 未来のザッカーバーグになり得る子供たち。では、私たち大人は?
第8回 仕事の成果を出すこと」を邪魔するもの
第7回 「ロジカルシンキング」に欠けている 致命的なポイント
第6回 交渉の"王道テクニック"は「百害あって一利なし」
第5回 「真面目に仕事をしている」 あなたの成果が上がらない理由
第4回 だから私は、「耳の痛い話」に積極的に耳を傾ける
第3回 今でも肝を冷やす「過去のミス」 第一印象は当てになる? ならない?
第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」
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