さまざまな企業が「オウンドメディア」を開設するようになりました。DeNAでもコーポレートサイトでの記事の掲載をスタートしていますが、手探り状態が続いています。
そこで今回は、「オウンドメディア運営の肝」を教えてもらうべく、オウンドメディアの編集や執筆の経験が豊富な5名の方にざっくばらんに語っていただきました。
■オウンドメディア座談会メンバー
モリジュンヤ氏:編集デザインファーム「inquire」代表
藤村 能光氏:オウンドメディア「サイボウズ式」編集長
仁田坂 淳史氏:株式会社ZINE代表取締役編集長
草刈 和人氏:個人ブログメディア「gori.me」主宰
カツセマサヒコ氏:「プレスラボ」ライター/編集者
最近、オウンドメディアって増えた?
――最近、オウンドメディアを持つ企業が増えてきましたよね。
仁田坂:今オウンドメディアって増えてるんですか?
カツセ:めっちゃ増えてるんじゃないですかね。
草刈:増えてる印象はありますが、あんまりオウンドメディアを、「オウンドメディア」だと思っては見てないんですよね。面白い記事がバズったときとか、誰かがシェアしたなっていうのを見て、「これどこが運営しているんだろう?」と確認してから「あ、ここなんだ!」と気づくくらい。
カツセ:よく目にするのはサイト自体ではなく記事単体というのはその通りだと思います。ソーシャル経由で記事を見ていて、あとから気づく。
草刈:そういうことが頻繁にあると、オウンドメディアって流行っているんだなと。一方で、「なんでみんなそんなにオウンドメディアやるの?」と疑問にも思います。
モリ:「なぜやるのか」というのは気になりますよね。不思議なのは「メディアをやる」とだけ決めて始めて、テーマやコンテンツの方向性があまり決まっていないケースが多いこと。決まらずに進んで「いいオウンドメディア」になるのか、というと疑問が残ります。
草刈:それはありますね。記事がバズるのはいいんですけど、バズった記事でメディアを知って、気になって他の記事も読んだときに「このメディアのテーマは何?」ってわからなくなる。
「いいオウンドメディア」の例は?
仁田坂:実直に「いいオウンドメディア」を作ってる会社は、WordPressで一から構築するところが多いですが昔のSEOが流行ったときみたいに、今って「5分でできるオウンドメディア」みたいなCMSのがあったりするんですよ。(笑)
一同:やばい!インスタントメディアだ(笑)
――仁田坂さんが「いいオウンドメディア」というとき、思い浮かべているサイトの具体例を聞いてもいいですか?
仁田坂:僕はダンゼン、「サイボウズ式」です。サイボウズがオウンドメディアを運営しはじめてから3年半くらいですか?
藤村:3年半ぐらいですね。
仁田坂:3年半運営して、PVなど数字としての結果も出してますけど、あんまり上からうるさく言われないで運営できるのは、超うらやましいなと思ってます。僕の会社も企業の中に深く入ってオウンドメディアの運営に携わることが多いんですけど、数字を求められるケースは本当に多いです。サイボウズ式は丁寧に作り込んでいて、読者とのつながりができていますよね。
――「サイボウズ式」では、運営上どういったことを重視しているのでしょうか?
藤村:「サイボウズ式」は、数字で計測できない、定性的な成果をとても重視しています。記事に対するソーシャルメディア上のコメントを編集部が見て、そこから新しいアイデアを拾ったり、全社に共有したりしてます。
藤村:メディアは長期的な読者との関係を作って信頼を得ていくのが一番向いていて、いきなり売り上げをあげることは、一足飛びにはできないなと思っています。それを社長を含めて、ちゃんとみんなが理解しているというのが大きいのかもしれないですね。今のお話にあった、「なぜこういうことを今メディアでやるのか」ということは事前に考えて、ずっと続けているというのが、こうやって言っていただける理由なのかなと思いました。
草刈:短期的な成果が出せないじゃないですか、オウンドメディアに限らずメディアって。長期的にやって初めて見えてくるものがあって、そこにスパッと行けたらたぶん誰も苦労しない。たぶんそこを分からずにやるから、よくわかんないメディアがいっぱいになるのかな(笑)
仁田坂:サイボウズ式は自社だけでやっていますが、自社だけでやらず、ぼくらのようなオウンドメディアの編集会社と組んで動くケースもあります。ややもすると「いいオウンドメディア」から外れるケースも多い中、「ジモコロ」はクライアントと制作側の関係がとても良いなと思います。フザけても大丈夫なライン、NGなラインを最初にクライアントと決めているので、制作陣への信頼が厚いメディアだなという感じがしています。やっぱりクライアントと戦うくらいじゃないといいものはできない。
いいオウンドメディアの条件とは何か
――一方、読者との長期的な信頼関係を結ぼうにも、短期的に結果を出さない場合もあるかと思います。「サイボウズ式」では、その辺の調整は社内でどのようにされてるんですか?
藤村:「サイボウズ式」では、社内調整などは特にありません。なぜかというと、マーケティング課題からメディア展開という施策に落とし込まれたからだと思います。過去に5年ほど、広告を出してもまったく売り上げが増えない時期がありました。広告というやり方だけだと、市場を拡大するのに限界があるとして、何かしら新しい打ち手を考える必要がありました。
そこで、ソフトウェアが必要になる前段階、たとえば「チームの働き方」とか「チームワークが良くなる」みたいな情報であれば、人は興味を持ってくれるんじゃないか。興味を持ってくれた人がリーダーになったときに、ソフトウェアの選定基準にサイボウズを入れてくれたらいいよね、という長い目線でスタートしたメディアなんです。
モリ:目的のセットの仕方が上手いですよね。「グループウェアを開発している自分たちが本当にやりたいのは、チームワークのよい組織を作っていくこと、働きやすい会社をつくっていくことだ」という会社のメッセージを、メディアを通じて伝えていく。オフィス家具メーカーのコクヨの「WORKSIGHT」も「メッセージを伝えている」という点では近いなと思います。
藤村:外に出したらおもしろい情報って、社内にたくさんありますよね。ただ、そのまま出しても読者の方にとってはつまらないんですよね。「2015年、新入社員20人入社しました」みたいな(笑)。そこで編集という力を用いて、いろんな文脈とか切り口を変えて出してあげる。それだけで結構おもしろくなるんじゃないかな、と。
モリ:自社の知識や人材などの情報をうまく出している事例として面白いのは、サービス会社が運営するテックブログ。開発のノウハウを公開して、社内のエンジニアが書いてますよね。あれは外部のエンジニアに向けて自社の技術力と、技術を持った人材がいることを可視化してるんだと思います。テックブログ以外だと、UIデザイン会社のグッドパッチのデザインブログも近いかも。
仁田坂:たしかに!
モリ:社内のエンジニアが書いて、業界で名前を知られる。その人に憧れて、新しいエンジニアが会社に入る。エンジニア界隈では珍しい話じゃないと思いますけど、それをほかの職種でも参考にできるんじゃないかと。
草刈:「こういう人がいるからこの会社に憧れる」って、入社理由としてすごい良いこと。エンジニア界隈は特に、「このスターエンジニアがいるから、その人の元で修行したいみたい」な志望理由はよく聞くような気がする。それは企画など他の業種でもある程度共通していると思う。ただ、自分の分野ではスター選手でも、別にライターじゃないから文章は書けないという人も多いですよね。良い人材がいたらその魅力をオウンドメディアで伝えていくためにも、編集者が必要なんです。
読者にとって価値のあるコンテンツを
――ここまでオウンドメディアの良いところをお話いただいたんですけど、オウンドメディアでやるべきことじゃないというか、オウンドメディアが苦手とするような領域って、みなさんはどういうふうにお考えですか?
仁田坂:企業の発信するメッセージとしてPRに偏りすぎたコンテンツは、オウンドメディアが苦手とする領域だと思います。ギブアンドテイクのギブと、PRのバランスが大事。読者に与えられる情報のうち、新しい発見や知識といったお土産の量がPRを下回っちゃう記事は、オウンドメディアには向かないと思います。
草刈:メディアに来る人にとって、何か得るものがあってほしいっていうことですよね。
仁田坂:そうそう。そうなんですよ。
藤村:メディア側が伝えたいと思うことって、読者にとっては「知らんがな」なんですよね。読者にとって関心があることをまずは考えていくのが必要。一生活者としての視点で見て、企業側が運営するコンテンツの中に宣伝のようなものがあると、なかなか読まないなあと感じます。
カツセ:僕は読者に不快な思いをさせなければ、自社製品を出すのはありだと思っています。ただの商品紹介だとつまらないですけど、製作者のインタビューとか、ストーリー性があればいいかなと。文脈が大事ですよね。
草刈:商品やサービスを紹介するときに、欠点などを隠しちゃうのはよくないですね。悪い点を見て見ぬふりをする記事はいただけないなぁと思います。がっつりと商品をアピールするんだったら、欠点にもちゃんと目を向けて、事実を書いてほしい。そうしないと正直なメディアとは見てもらえないよね。
カツセ:あとは「熱量」も大事ですよね。「この商品には欠点もあるんだけど、ここは超いいんだよ。うちの会社はここが最高なんだぜ」って語れる人が書くものは、読者にも響く。きっとそういう記事は数字もとるので、「素直さ」もすごく大事だなと思います。
モリ:カツセさんの言うとおり、「熱量」って大事なんでしょうね。「ジモコロ」編集長の徳谷 柿次郎さんと、「記事が読まれるか読まれないかは、書き手がどれだけ記事にエモさを込めたかで変わる」なんて話をしたこともあります。
仁田坂:「エモさ」って指標いいなあ。エモさを重視すると早期のマネタイズを目的とした、広告系・アフィリエイト系のオウンドメディアが駆逐されそう。
藤村:エモさ大事ですね。「サイボウズ式」では、編集会議でも「いつまでにこれ書いてね」とか「この記事はここが締め切りだよ」とか一切やったことがなくて。編集会議で雑談していて、おもしろいと思ったことがあれば自主的に記事を書く。「やってよ」と言ってやるものは絶対おもしろくないですから。
カツセ:オウンドメディアって、「お金じゃないところで何かをしよう」という発想のメディアなんだなって、今日の話を聞いていて思いました。そうすると、やっぱり熱量との結びつきが強くなって、読者を惹きつけることができるのかもしれません。
コーポレートサイトとオウンドメディアの違い
――みなさんにお聞きしたいのですが、DeNAのオウンドメディアってどうですか?
草刈:ランナーのためのトレーニング記事と、エンジニア向けの記事が並列関係にあって、少し捉えにくいなと思いました。「これは誰に向けて書いているんだろう?」って。読者の誰に向けたメディアなのかがわかると、もっと読みやすくなりますよね。
カツセ:DeNAってやっぱりエンターテイメントの会社だという印象があるので、もっとサイトにワクワク感はあっても良さそうですよね。いまはビジネス系の記事しか載ってなさそうな雰囲気というか(笑)
モリ:コーポレートサイト的にB向けのメディアにするのか、C向けにしていくのかでも、だいぶサイトの雰囲気は変わっていきそうですね。
仁田坂:記事のバランスも気になります。「エンターテイメント」のカテゴリに入る記事がかなり多いですし、その中でも記事の粒度がバラバラ。カテゴリの分け方は整理したいです。
草刈:発信するタイミングで分けるのもありかもしれませんね。ビジネス寄りの記事は平日に、エンタメ系の記事は週末に更新してみるとか。
仁田坂:コーポレートサイトの更新やプレスリリースは、更新タイミングの相場が決まっていますが、コミケの記事は土日や通勤時間のテンションで読みたいです。公開のタイミングの部分も改善できそうですね。
モリ:いろんな記事のジャンルが含まれている状態で、分けるのが難しいのであれば、ポータルサイトのような見せ方にしていくほうが、整合性が取れそうですよね。DeNAがやっているいろんなメディア群がここに集約されていて、DeNAのサービスがみんなあります、みたいな。そのなかに「コミケ行ってきました」といったレポートが掲載されていると、今とはだいぶイメージが違ってくるんじゃないかなと。
藤村:コーポレートサイトの中でコンテンツ展開するのって難しいですよね。「サイボウズ式」はコーポレートの直下ではなく、サブドメインでやっているんです。3年ほど運営して、2015年7月に初めてコーポレートサイトの一部にサイボウズ式の記事を表示させるようにしました。トップページのファーストビューの下に、選んだ記事だけが載るようになった。
「コーポレートサイトに来る人って、どんなことを考えてここに来るんだろう?」と考えながら選ぶことが重要ですね。普通の読者、サイボウズが好きな人、IR関係社、採用候補者など、いろんなステークホルダーの方々が、うまく1つの文脈でこのサイトを見てくれるにはどうすればいいのか? それを考えないといけないのが、コーポレートサイトだなと思っていて。
草刈:確かにIRという文字が出てきた時点で、なんでも書いて良いっていうわけじゃないですもんね。
藤村:そうですね。なので、選んで出しています。
草刈:見せたい記事だけ、フィーチャーポストのようなやり方で見せる、というのもアリかもしれないですね。サイトを訪れたときの雰囲気も変わりますし、固めの題材でもやわらかい文体で書くなど、コンテンツの見せ方で変えられる部分も大きい。オフィス紹介記事をちょっと工夫して出してみて、DeNAで働いている雰囲気が伝わるようなコンテンツを考えてみたりしてもいいと思うんですよね。
――最後に、これからのオウンドメディアに求められるとみなさんが思うことを教えてください。
草刈:情熱。エモさ。
仁田坂:素直さと情熱、それから「量より質」っていうのも言いたい。「数打て」ってメディアがすごい多いんですよね、「絶対それ情熱ないでしょ?」と思ってしまう。苦し紛れのネタが必ず何本か入っちゃう。
モリ:社員の人ができるだけ関わることのできる媒体で、運営を楽しめるようになっているといいなって思います。熱量もこもるし、エモさにもつながる。それができるところは残っていくんじゃないかと。
藤村:続ける覚悟ですかね。自分が強く思うのは。メディアをやる以上、読み手との関係性というか、リレーションを作っていくことは絶対に避けられないもので、そのためにはやっぱりコツコツと公明正大に積み上げていくことだと思います。人間の信頼関係も同じですよね。一発で信頼関係が築かれるなんてことは、たぶんありえなくて。
カツセ:情熱・熱意と、素直さもすごく大事。あと、メディアを成長させていくのは社員と読者の両方があるなと思うので、そこをしっかり押さえて、読者との関係性を作っていくこと。この4つなんじゃないですかね。
(写真左から 草刈 和人氏、藤村 能光氏、カツセマサヒコ氏、モリジュンヤ氏、仁田坂 淳史氏)
■オウンドメディア座談会メンバープロフィール
▼モリジュンヤ
1987年2月生まれ、岐阜県美濃加茂市出身。横浜国立大学経済学部卒。『greenz.jp』編集部を経て、フリーランスに。『THE BRIDGE』『マチノコト』『soar』など複数の媒体に立ち上げから編集として携わり、2015年10月に編集デザインファーム「inquire」を設立。個人の書き手として、テクノロジー、イノベーション、スタートアップ等のテーマを中心に執筆活動も行う。
▼藤村能光(ふじむら・よしみつ)
サイボウズ株式会社 コーポレートブランディング部 サイボウズ式 編集長。Webメディアの編集記者としてキャリアをスタート。その後、サイボウズ株式会社で無料グループウェア「サイボウズLive」のマーケティングを担当。自社メディア「サイボウズ式」の立ち上げに参画し、2015年1月より編集長を務める。
▼仁田坂淳史(にたさか・あつし)
編集者。1986年、大分県生まれ。株式会社ZINE代表取締役編集長。出版社での雑誌編集、ミクシィを経て2015年4月に株式会社ZINEを設立。ミクシィではFind job! Startupを立ち上げた。現在4媒体のオウンドメディアを手がける。(Webサイト:http://blog.nitasaka.com/)
▼草刈 和人(くさかり・かずと)
個人ブログメディア「gori.me」を主宰。少年時代をアメリカで過ごし、培った英語力を活かして海外発信のApple関連ニュースを中心にテクノロジーやガジェットに関するニュースや商品レビューを執筆。IT以外にも音楽、グルメ、旅行記など幅広い情報をカバー。
▼カツセマサヒコ
下北沢の編集プロダクション「プレスラボ」のライター/編集者。新卒で大手印刷会社に入社し、労務・人事関連の職務に就いた後、現職。86年うまれ。ライターキャリア1年半にして、ツイッターフォロワーは2万7000人に(@katsuse_m)。