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初出:『日経ビジネスアソシエ』 2015年10月号
アドバイスをするのは苦手ですが、それでも事業の成功には「ひと」が最も大切であるという信条は、機会があれば伝えています。という私が実はいろんな失敗をやらかしています。人を見誤ったり、あるいは第一印象で走り出し、人を正しく理解することが遅れてしまったり。
やる気の中途半端な人は新規事業に入れたくないという強い気持ちから、遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」の立ち上げ期に、慎重に人選をしてチーム作りをしていったことは前回お話しした通りです。ところがそこに1人、〝招かれざる客〟がやってきました。ソニーから転職してきたばかりの中肉中背の日本人男性、F橋です。別のチームの解散に伴い、いわば自動的にMYCODEのチームに組み込まれたのです。
あれ、この人、誰? 呼んでないけど...。んも~、初期メンバーの人選は相談してくれって人事部にあれほど言ったのに...。転職して来たばかりで社内での仕事ぶりに関するデータはほとんどなく、しかも最初のミーティングで特にパッとした印象もなく(まあ、初日から遺伝子について語るのは難易度高いですね)、そんなわけで私はF橋に重要なタスクを任せたり、大事な事柄を相談したりしませんでした。もちろん、あまり頼りにされていないことはF橋自身にも伝わったようです。
数週間経つと、チームの他のメンバーからF橋の仕事ぶりについて良い評判が聞こえ始めます。ほう、そんなもんかねぇ、とだんだん気になり始めました。DeNA創業期から一緒で、DeNAスタンダードを熟知するK戸の「F橋さん、何をやってもデキる人ですね」というつぶやきも聞こえ、とうとう私は第一印象をすっかり消しゴムで消しきり、大きな仕事を任せる決心をしました。
メーカーで経験を積んだF橋は物流、在庫の管理、オペレーションの組み立て、というIT企業が一般に苦手とする領域に熟達していました。そこで遺伝子解析のラボの立ち上げを任せることに。
場所を確保し、解析技術を選定し、手順を定めて機材を調達し、解析担当の生命科学博士を何人も採用します。社内でも極秘プロジェクトだったため、面接で何をするのかはっきり説明できず大変だったようですが、素晴らしいスタッフをちゃんと揃えました。そして高い安全基準の策定、テストランの徹底による検査結果の検証など、すべてを極めて高い精度で、スピーディーに成し遂げました。
ラボを初めて訪問した日は印象的でした。ラボはいわば分析工場です。普段デスクトップとにらめっこの私たちにとって、物理的なものが機械に載って秩序立って流れている工場はとても新鮮。そこを差配していた白衣のF橋はとてもまぶしく、一回りも二回りも大きく見えました。
F橋は戦略的な視点も鋭く、DeNAライフサイエンスの幹部として、ラボのみならず、ヘルスケアの次の新規事業も引っ張っています。今でも「いやぁ、最初の南場さんはひどかった」と笑い話をします。「意外とねちっこく覚えてるのね~」とその度に私も笑います。でも実は肝を冷やしています。トップからあまり歓迎されず、なかなか眼中に入らず、それに気づきながら腐ることもなく、変なアピールもせず、実績を出して信頼を作っていったF橋はさすがですが、あそこで色眼鏡をかけたことで私は数週間失ってしまったし、引く手あまたの人材ですから下手をしたら辞めていたかもしれません。そうしたらこんな素晴らしいラボはできなかったし、事業展開も遅れていたでしょう。
こういった話はよくあると思いますが、皆さんは何を感じるでしょうか。新参者としてチームに加わる人はぜひ、信頼を構築するのに時間がかかる場合があることを忘れないでほしいです。「あれ、受け入れられていないな」と感じたら、飲み会に一生懸命になったり、リーダーに近づいたりということより、とにかく仕事に打ち込むことが大切ですね。
リーダーならば、スタッフを第一印象で決め込むことのリスクを感じてほしいです。また、新しいメンバーがチームに加わる時、古いメンバーで醸し出す内輪感のようなものも危険ですね。可能性を引き出す努力が重要です。私は自分の悪い癖で会社やチームに迷惑をかけないよう、肝に銘じなければなりません。
「もっとガツンと言ってくれ」というアソシエ編集部との攻防が続いています。とにもかくにもガツンと言う資格がないというのが正直なところ。次回はMYCODEのマーケティングの工夫など、気が向いたらお話しします。
南場智子のDNA 私の仕事哲学 記事一覧
第10回 そう滅多にできていない 「社会人生活の初日」からできること
第9回 未来のザッカーバーグになり得る子供たち。では、私たち大人は?
第8回 仕事の成果を出すこと」を邪魔するもの
第7回 「ロジカルシンキング」に欠けている 致命的なポイント
第6回 交渉の"王道テクニック"は「百害あって一利なし」
第5回 「真面目に仕事をしている」 あなたの成果が上がらない理由
第4回 だから私は、「耳の痛い話」に積極的に耳を傾ける
第2回 なぜ、私は新卒1年目の社員を躊躇なく抜擢したか
第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」