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初出:『日経ビジネスアソシエ』 2015年12月号
私の母の母の母は......と祖先をたどっていくと、アフリカから沿岸部を東へ東へと進み、今から約10万年前にはインド西部で狩猟採集生活を営んでいたようです。そして、さらに東へ進んで数万年前には中国南部で稲作を開始。その後日本に移り住んで大きな集落を形成し、皆で協力しながら稲作中心の生活を営んだとのこと。そういえば、母も私も大のご飯好き。お米には目がありません。じーっと目をつむると、何となく穏やかに田んぼを耕している記憶が蘇るような。この温厚な性格は遺伝子から来ているわけね、と妙に納得しています。
当社が提供する遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」で「ディスカバリー」というメニューを購入すると、このように詳細に自分のルーツをたどることができます。旦那や友人と比較したりして楽しんでいます。
MYCODEは「病気になる前に健康をケアしてほしい」という願いで始めたサービスです。病気と関係がない祖先を調べる「ディスカバリー」について、我々のビジョンから外れているのでは、とチーム内で侃々諤々の議論がありました。「ディスカバリー」は科学的根拠はしっかりしていますが、確かに健康には直接関係なく、どちらかというと「お楽しみ」目的です。「ディスカバリー」メニューの準備に割く時間があったら疾患関連のコンテンツを充実するべきでは、という意見が当然出てきます。
MYCODEの遺伝子検査は東京大学医科学研究所との共同研究をベースに開発し、病気予防のコンテンツは全国の多くのドクターを巻き込んで作り上げたものです。消費者サービスとして遺伝子検査を展開することに反対する方々からも支持いただけるよう、生命倫理の尊重、科学的根拠の開示、厳密な情報管理を徹底した、本当に真面目一本のサービスです。作った私たちチームもその点は心から誇らしく感じます。ですがサービスが完成し、さあどうだ! と市場に出してみると、初めは順調に売れましたが、数カ月後に低迷し始めました。新しいトレンドを常に追いかける最先端のユーザーにはすぐに普及しましたが、裾野への展開が続かなかったのです。関係者に販売数を伝えると、そんなに売れているの!と驚かれるのですが、私たちの想定は下回っていました。
私たち事業者の思い入れや力みが、市場の求めるものとズレていたと言わざるを得ません。このままビジョンに忠実に、武士は食わねど......と踏ん張っても、普及しなければビジョンもへちまもないわけです。「熱き想い」に引っ張られ、チーム全体が熱病のようになって取り組む事業が陥りやすい1つのワナでもありますね。
さて、こんなことをチーム内で議論し、遺伝子検査に「fun」の要素を入れようと舵を切ることになりました。日本は他の先進国に比べて遺伝に関する教育が不足しているとのことです。確かに「遺伝子」と聞くだけで何だか怖いという人もいます。そんな中で、職場やお茶の間で気軽に楽しく話題にできるようなメニューを用意し、明るい気持ちで遺伝子に関心を持ってもらうことは、遠回りでもビジョンに資するはず。これがチームの結論でした。
その第1弾として、祖先のルーツをたどるディスカバリーを開発したのです。
外部に告知する前に既存のMYCODEユーザーにご案内すると、3割の人が追加で購入してくれました。上々の滑り出しです。次いで「fumfum(ふむふむ)」も開始。毎日のように世界中で遺伝子に関する論文が発表されていますが、中にはコネタ的な論文もあります。例えば、ギャンブルにはまりやすい遺伝子発見! など。そういった論文は、普通は読んで「ふむふむ」と納得して終わりですが、自分がその因子を持っているのかが分かれば、俄然面白く読めます。MYCODEを受けたユーザーであれば数秒でその結果をウェブ上でお返しできるのですから、お教えしますよ、というサービスです。これは、MYCODEを売り切り型サービスから継続的事業に転換する意味でも重要です。
そんなこんなで志を大切にしながらも、市場のニーズを捉える試行錯誤を続けています。チーム内の議論が時にオーバーヒートし、新入社員などがどん引きすることもあります。私もついつい穏やかな農耕型の人格を忘れてしまうことも。でもこれこそ醍醐味。あれこれ新しいアイデアを試しては、市場からのリアルなフィードバックに飛び上がって喜んだりがっかりしたり、そして次はこれだ! と勝負する。このヒリヒリ感がたまりません。
南場智子のDNA 私の仕事哲学 記事一覧
第10回 そう滅多にできていない 「社会人生活の初日」からできること
第9回 未来のザッカーバーグになり得る子供たち。では、私たち大人は?
第8回 仕事の成果を出すこと」を邪魔するもの
第7回 「ロジカルシンキング」に欠けている 致命的なポイント
第6回 交渉の"王道テクニック"は「百害あって一利なし」
第4回 だから私は、「耳の痛い話」に積極的に耳を傾ける
第3回 今でも肝を冷やす「過去のミス」 第一印象は当てになる? ならない?
第2回 なぜ、私は新卒1年目の社員を躊躇なく抜擢したか
第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」