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初出:『日経ビジネスアソシエ』 2016年1月号
結局、人も運も暗より明へ、寒より暖へ集まるのだと思います。世の中には優秀な人はたくさんいるけれど、大きなうねりを作り出せる人は、優秀なだけでなく、人柄に大きさやおかしみがあるのではないでしょうか。
私はいろいろなアスリートのファンですが、その中でも錦織圭くんに格別な魅力を感じるのは、まさにそのポイントです。もちろんテニスの才能は世界一だと思うし、ストイックに鍛錬を重ねているはずです。コートで見せる鋭い視線や、形勢を立て直す際のセルフコントロール力など、本当に神々しい。しかしほかの選手にない錦織選手の魅力は、インタビューや特集番組で垣間見ることができる、あの自然な抜け感ではないでしょうか。唐揚げとお笑いとゲームが好きという普通の感覚。多分大人の社交は苦手でしょう。高級ホテルに慣れてしまった今も、錦織くんなら友達みんなと民宿に泊まりB級グルメも楽しめそうです。オンとオフのギャップが良いと表現する人もいますが、とにかく人柄に幅を感じさせます。全人格がストイックで固まっているようなアスリートが多い中、特別に人を惹き付ける天賦の何かがありますね。90歳になり普通の老人ホームに入っても、錦織くんの周りには人が集まるはずです。
「読売のナベツネさん」こと渡邉恒雄主筆についても、常に感じることです。お会いすると驚異的な教養と芯の強さはもちろん感じますが、それだけではない、劇の主人公のようなキャラクターの魅力を感じてしまいます。存在自体に愛嬌がある、などと言うと叱られるかもしれませんが、言葉の選び方やトーン、そして仕草に、言いたい放題誰かをディスっている時でさえも、おかしさというか趣があり、そのうえ、根底に温かさを感じてしまいます。もちろん世代も異なり、事業や業界に関する考え方は完全に一致しないことも多いはずです。それでも私はナベツネさんにお会いする時間は楽しくてなりません。
さて、こういった人の器というのは生まれながらに持っているものかもしれません。真面目でストイックな人に「器を見せろ」とか「抜けを作れ」「存在にユーモアを出せ」と言ってもなかなか難しいものです。それでもできることはあるのかなと感じています。
前職のマッキンゼー時代、上司に「南場さんは厳しすぎる。相手(部下)に逃げ道を作ってやるべき」と指摘されたことがあります。嫌だ、逃がしてどうする、と答えると、「ならば言いたいことをすべて言った後、最後にニコッと笑ってみてはどうか?」とアドバイスを受けました。若い頃は言われたことがよく分からなかったのですが、これは実行するとなかなか良い感じになります。人格を否定しているわけでもなく、その人が嫌いになったわけでもないのに、ガルルッと言いすぎると相手は全否定された気持ちになってしまいます。しかし最後に笑顔を送ることで、問題は「こと」であって、「ひと」ではない、ということが伝わるのでしょう。そして笑顔は人を遠ざけません。
最近さらに気をつけているのは、理屈で話しすぎない、ということです。特に外部の方から誤解に基づくクレームを受けたり、あるいは折衝事において意見が異なる時、私のような元経営コンサルタントは正論やロジックで直接的な反論をしてしまいがちです。しかし実際は相手も理屈は十分に分かっていることが多く、ほかに言いにくい不満があったり、感情のやり場がなかったり。そんな時に分かりきった正論を振りかざしても「こと」はなせないどころか、火に油を注いでしまいます。
相手の誤解を正そうと反論する前に、とことん話を聞くことが重要です。小手先のテクニックで聞く姿勢を見せるのではなく、「違うっ」と思う前に、理解しようと本当に努力します。どうにも折り合いがつかない場合でも、理屈を述べ立てず、矛先を収めていただけないと寂しいという気持ちだけを伝えた方が良い結果を生むことも。理屈っぽい私が一番気をつけなければならないポイントです。
目的は正しいことを言うことでも、議論で勝つことでもなく、仕事を前に進め、事業や提携を成功させること、そして、顧客やパートナーをデライトする(*)ことです。これを片時も忘れないようにすれば、少しずつ周りに人が集まり、いつの間にか大きなことが動き出しているかもしれません。
*DeNAが一番こだわっていること。自社のサービスで世界中の人を「delightする」=「驚きを持った喜びを感じてもらう」ことを目指している。
(記事を一部修正しています)
南場智子のDNA 私の仕事哲学 記事一覧
第10回 そう滅多にできていない 「社会人生活の初日」からできること
第9回 未来のザッカーバーグになり得る子供たち。では、私たち大人は?
第8回 仕事の成果を出すこと」を邪魔するもの
第6回 交渉の"王道テクニック"は「百害あって一利なし」
第5回 「真面目に仕事をしている」 あなたの成果が上がらない理由
第4回 だから私は、「耳の痛い話」に積極的に耳を傾ける
第3回 今でも肝を冷やす「過去のミス」 第一印象は当てになる? ならない?
第2回 なぜ、私は新卒1年目の社員を躊躇なく抜擢したか
第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」