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初出:『日経ビジネスアソシエ』 2016年2月号
プロ野球のシーズンが始まろうとしています。昨年、前半戦を首位で折り返し、多くのファンに期待していただきながら結局リーグ最下位に終わってしまった横浜DeNAベイスターズ。今年こそは結果を残さなければなりません。凡事徹底をスローガンに、着々と準備を進めています。
先日、新人選手10人が本社を訪問しました。会社の生い立ちや心構えを伝えてほしいと依頼され、私から30分ほど話をしました。皆、DeNAがゲーム以外にも様々な事業を手がけていることに驚いていました。何か買いたくなったら、楽天に行く前にDeNAショッピング、ヤフオク!に行く前にモバオクで! そして今晩マンガボックスをダウンロードしてねと厳命したので、今頃我が社の売り上げは激伸しているはずです。(*)
初々しい選手たちを見て、自分の社会人1年目の頃を思い出しました。『不格好経営』にも書きましたが、マッキンゼーという経営コンサルティング会社で最初に申しつけられた仕事は「日本のモーゲージのセキュリタイゼーションの市場性を調べよ」。日本という言葉以外、全く聞いたことがなく、「じゃ、よろしく」と立ち去ろうとする上司に食らいついて単語の意味を聞くも、説明に使われた単語がこれまたすべて初物で、更に混迷を極めてしまいました。
初日だけではありませんでした。来る日も来る日も、指示をメモし、言葉の意味を一つひとつ調べるところから始め、何を求められているのかを理解するのに丸1日かかる状況でしたから、作業時間は長くなり、徹夜が続き、疲れがたまり...。マッキンゼーでは「バリューを出せ」と常に言われます。自分はバリューが出せていない。価値のない人材だ。給料をもらって良いのだろうか。焦りが募る一方でした。
*モバオクはオークションサイト、マンガボックスはマンガアプリ(基本無料、過去12号分)。文中にある通り、いずれもDeNAが運営。
疲労困憊の私は、風景を変えなくては...と、とうとう退社を決意します。転職先も決まり、そろそろ会社に言わなきゃなぁと考えていると、お世話になった上司から大型プロジェクトへの参加を依頼されます。「実は...」と転職のことを伝えると、その役員は予定を変更してじっくり話を聞いてくれ、最後に「退職の件は分かった。けれども最後にこのプロジェクトをやってから辞めろ。大事なプロジェクトだ。力を貸してくれ」と言いました。
ダメダメな私に力を貸してくれなどと言ってくれるその役員に最後の奉公をしようと、転職先に断りを入れ、最後のプロジェクトに取り組みました。人生は不思議です。なんとそのプロジェクトで私は初めて大きな成果を出したのです。クライアントの喜ぶ姿を見て、仕事の面白さも初めて実感しました。このプロジェクトが転機となり、マッキンゼーでもその後順調なキャリアを歩むことになります。
あの時なぜ成果を出せたのか。急にデキる女になれるわけなどなく、ただ、もう辞めることが決まっていた私は、自分のバリューや評価などすっかり意識の外になり、とにかくプロジェクトを成功させなければと仕事そのものに集中しました。そのため自分の苦手なことをさらけ出し、上司や同僚、クライアントさんにまで助けてもらいながら仕事を進めました。この気持ちの変化と成果は決して無関係ではないように思うのです。
プロ野球選手にどれだけ参考になるかは分かりませんが、私は選手たちに自分のキャリアの転機となったこの出来事を話しました。「こと」に向かう姿勢を大事にしよう。様々なノイズに振り回されたり焦ったりせずに、野球に集中しよう。監督やコーチを喜ばせることでなく、野球に集中しよう。
あとは、DeNA設立から4年間の、鳴かず飛ばずの苦しい時代を振り返り、どうにもならない長いトンネルにはまってしまった時に、必ずトンネルには出口があることを信じて取り組んでほしい、なぜなら本当に出口はあるから、そしてもがき苦しむ試行錯誤の時間こそが人や組織を大きく成長させてくれると伝えました。
目標を決めた時、ワクワクしますね。そしてそれを達成した時、嬉しいし誇らしいし、ビールも旨い。そのどちらの瞬間も好きですが、私はその間の道のりが一番好きです。何かを試して上手くいって大喜び、別のことを試して大失敗、軌道修正して少し這い上がりまたコケて、次はこの手だ!と前や後ろや横にごにょごにょ進んで行くこの道のりが楽しくてたまりません。どうかこのプロセスを楽しんでほしいと締めくくりました。
新人選手たちは、何か心に残してくれたでしょうか。野球も事業も、どこよりも若手にチャンスの多いDeNA。今年も面白くなりますよ。
南場智子のDNA 私の仕事哲学 記事一覧
第10回 そう滅多にできていない 「社会人生活の初日」からできること
第9回 未来のザッカーバーグになり得る子供たち。では、私たち大人は?
第7回 「ロジカルシンキング」に欠けている 致命的なポイント
第6回 交渉の"王道テクニック"は「百害あって一利なし」
第5回 「真面目に仕事をしている」 あなたの成果が上がらない理由
第4回 だから私は、「耳の痛い話」に積極的に耳を傾ける
第3回 今でも肝を冷やす「過去のミス」 第一印象は当てになる? ならない?
第2回 なぜ、私は新卒1年目の社員を躊躇なく抜擢したか
第1回 「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」