loading
新型コロナウイルスが環境を一変した。これまでに経験したことのない環境に対して、リーダーとして挑戦した点。
——まず三宅さんにお伺いします。COVID-19(以下、新型コロナウイルス)が2020年初頭から日本でも流行の兆しを見せ、緊急事態宣言などの対策を打ちつつも瞬く間に蔓延しました。三宅さんは厚生労働省でSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、新型インフルエンザなどの感染対策にも従事されていましたが、新型コロナウイルスはどのような感染症というイメージでしょうか?
三宅:僕は2009年に新型インフルエンザと言われた豚インフルエンザのパンデミックの際にも厚労省の対策本部で対策に従事していました。その時の経験から、今回の新型コロナウイルスに関しては当時の豚インフルエンザと同等、それ以上、何百万人もの死亡リスクがあることも想定していました。
現時点で結果を振り返ると、日本は世界の中でも死亡者が少ないことは事実です。ただ、これはあくまで結果であり、対策と行動という点では、日本は世界の中でも少し動きが遅かった印象を持っています。SARSやMERSで甚大な被害を受けた韓国は、その時の経験を生かし、国策として動いていた印象があります。
厚労省OBとしてはもどかしい想いもあり、まさに国難である状況下でDeNAという民間企業からだけでなく、もう一度国の中心に戻り自分の経験を生かすことで貢献したいという思いもあり、現在に至っています。
もう一点、新型コロナウイルスは感染症としては非常に”いじわるな”ウイルスだと感じています。過去に流行したSARSやMERS、新型インフルエンザは、発症して何日か経過した時点で体内ウイルス量が最大になるため、発症した方の行動についてどのように対策するのかが蔓延防止の一番の肝だったのですが、新型コロナウイルスは発症の2日前くらいが体内ウイルス量が多く、発症した際に対策してもウイルスの拡散を止められないので、それが非常に対策を難しくしている現状があります。
この手のウイルスは初めての経験なので、発症前にどう罹患している方を見つけ、ウイルスを封じ込めるか、という部分に苦労を重ねています。
——次に井元先生にお伺いします。井元先生は東京大学の教授として学生さんとのコミュニケーション、教育などにも精力的に従事されていますが、東京大学でも授業がオンライン化されたとうかがいました。コロナ禍で大学の授業や研究活動などには大きな変化がありましたか?印象に残っていることや難しかったことなどがあればお聞かせください。
井元先生:学生さんの教育はなかなか難しかったですね。実際に経験してみて、ビデオ会議はレクチャー形式の一方通行の講義は問題ないですが、双方向のやり取りが必要な大学院生の研究指導は大変でした。
講義についても、オンラインになって学生さんの顔が見えない。カメラをオンにしてもらえばいいと思うのですが、学生さん側のネットワーク回線の環境にも配慮する必要があり、東京大学としては学生のカメラはオフ、ミュートしてもらい、こちらはオンで講義をすることを基本方針としてきました。
その結果、真っ黒な画面に向かって一方的に90分間話をするのは正直、心が折れる思いでした。学生さんの理解度、興味関心を表情を見ながら測ることができないので、いまだに慣れないですよね。
ただ、コロナ禍で新しい生活様式を強いられた結果、良かった点がなかったかと言われればそうでもなく、例えば海外はじめ外部とのミーティングのアレンジなど、従来は厚労省に行ったり、本郷キャンパスに行ったり…30分の移動時間で…とスケジューリングが大変でしたが、調整がオンラインで解消されました。
一方で休み時間が全くなく会議が1時間ごとに刻まれていて、6時間くらいぶっつづけでトイレに行く時間もないことや、異なるテーマの会議が数珠つなぎになるので頭の切り替えにも苦労する面はあります。
——東京大学医科学研究所付属病院(以下、医科研病院)は早期から新型コロナウイルス患者さんを受け入れたと認識しています。国内に感染者が出始めた当時、医科研病院の状況やご自身の研究の状況など何か変化がありましたか?また、データサイエンスは新規の感染症に対してどのようなアプローチが可能なのでしょうか?
井元先生:医科研病院は、中等度の患者さんを受け入れる、新型コロナウイルス治療病床を持つ拠点病院として従事しました。
多くの仲間が他の病気と同様、運び込まれた患者さんを助けることに最善を尽くす一方で、治療法が見つからないことへの焦りもあったと認識しています。
私は感染症の研究に関しては、2009年のH1N1(豚インフルエンザ)の時、感染者のうち空港検疫をすり抜けた感染者が何人くらいいるのかを数学的に求める解析を依頼された経験がありました。
当時、感染の国内流入をブロックするために空港検疫で手を尽くされていましたが、国内では感染者が次々に出始めており厳しい状況でした。
成田空港の検疫において8人の感染陽性者が発見されていたのですが、私の推計ではその裏には113人すり抜けている人がいる可能性があるという解析結果が得られました。
この結果を2010年1月にユーロサーベイランスというヨーロッパの感染症対策の専門ジャーナルに論文として発表しました。後からの調査で実際は124人であったと分かり、かなり精度高く算出できていました。
三宅:当時僕は最初から絶対にすり抜けがあるから阻止するためには全員空港に停留させなければならない、完全に遮断するか一部分入れて流入速度を減らすかどちらにするかしか作戦はないと主張していました。一方で、何人すり抜けているのかという根拠となるデータはなく、政府は国民に検疫チェックをしっかりやって防ぎますと言ってしまっていたので、国内でだいぶ増加してきた時期になって、検疫の必要性が少なくなってからも、やめられなかった、ということがありました。その時に井元先生のデータがもう少し早く手に入っていれば効率的な対策を講じることができたのかもしれないですね。
井元先生:前回の解析の経験があったので、今回の新型コロナウイルスも空港検疫をすり抜けて国内に入って来ることは確実だと思っていました。中国の武漢で新興感染症が起きて、それが例えば上海でも見られたと言っているのだから、既に日本にも入っている可能性が高い、と。
日本で感染爆発が起きるのは時間の問題だ、準備しなければならない、という議論があったのが2月くらいで、既に自分の中の意識としては世界の危機になる可能性があると考えていました。
三宅:そうですよね。最初に伝えられていた致死率は実際の100倍くらいのとんでもない数でしたし。
最初の数字をみて、新型インフルエンザと新型コロナウイルスの違いを先生はどう捉えられたんですか?
井元先生:新型コロナウイルスと新型インフルエンザの感染性や重症度などは、ウイルス学の専門家ではないのでわからない部分は多かったのですが、感染者数の増加速度や言われていた感染経路などから何かが違うのかなと思いながら様々なシミュレーションをしていました。
ウイルス学の専門家と議論した際にインフルエンザと変わらないようなゲノムの変化の速度に加えて、感染力についてもかなり強いと聞きました。これは厄介なものが蔓延したな、と改めて感じました。
三宅:データや遺伝子からみて何か危ないと感じる違いがあったのですか?
井元先生:ウイルスゲノム配列データについてはWHOが始めたデータベースがあるのですが、新型コロナウイルスゲノムについてもアップロードされ始めたので調査していました。
最初アクセスしたのが2020年2月くらいで、その時まだ4000配列くらいしか登録されていなかったのですが、わずかな期間で次々に7000、8000と患者さんから取得された新型コロナウイルスのゲノム配列が登録されていくのを目の当たりにし、さらに早くも変異が起きていることに驚きました。
2009年の新型インフルエンザの時は、まだ一人ひとりの陽性者から個別にウイルスを取ってゲノム配列を解読し、データを管理するということはコスト面からも現実的はありませんでした。今回、初めてこのような状況を経験しました。
ウイルスを理解するためにゲノム配列を知ることは非常に重要。ウイルスゲノムの情報に宿主ゲノム情報を掛け合わせることで様々なことが分かるようになる。
——新型コロナウイルス蔓延と同時に、ゲノムに関する論文がものすごい勢いで発表されていきました。メカニズム解析や重症度と宿主(ヒト)ゲノムの関連など。特にゲノムを知ることの重要性について教えてください。
井元先生:ウイルスの特性を決めるのはそのゲノムです。特にウイルスゲノムの変化スピードは速いため、その変化を追跡しながら、ウイルスを理解することが重要だと改めて感じています。従来は代表的な株のゲノム配列を解読して、それらの配列の違いを解析していました。武漢で発見された最初のウイルスの配列、アルファ株の配列、デルタ株の配列が一つずつあるようなものです。しかし、同じアルファ株でも感染拡大していくうちに少しずつ変異が増えて行きます。従来のやり方ではパンデミック時の変異のスピードについていけてなかったわけです。
現在の技術であれば、一人ひとりの感染者から咽頭拭い液や唾液などのウイルスを含む検体を採取して、そこからコロナウイルスの全ゲノム配列を解読し、時間軸と地理情報とを合わせて、どのように変化して広がっていって、という情報まで全て可視化できるようになってきています。
それを本当は感染対策に活かさねばならなかったのですが、日本はそこまで到達できていないと考えています。
一方、米英は盛んにPCR検査を実施し、検体から全ゲノム配列の解読を行いました。ウイルスゲノムを調べることで、流行している変異株の感染力や毒性の強さを推察することができます。米英は、ウイルスゲノム情報に基づく感染症対策を実施するとして無理してでもやったのだと感じています。PCR検査をたくさん行うことが抑制に繋がるという確固たるエビデンスは、当時はなかったと思いますが、彼らは国策として実施してきました。
そして、できる限りのウイルスゲノムを調べて、時空間における感染拡大速度やゲノム変異速度を評価したのです。このような動きは、ウイルスゲノムを感染症対策に使おうとした最初の事例として、得られた知見は計り知れません。
今後新たな新興感染症が出てきた時に知見が活かされると感じています。
三宅:ご指摘の点は非常に説得力があると考えています。ゲノム情報を感染症対策に使う利点というのは、一つは変異パターンからウイルスの流れのマップを作ること、もう一つは、感染力や性質が大きく変わるような変異株を検出しやすいことなど、デルタ株の流行などから感じていますがいかがでしょうか?
井元先生:僕自身も三宅さんのご指摘2点はウイルスゲノムが示す重要な情報かな、と感じています。最初のポイントマップについては、感染リスクの高い場所や行動の把握ができると思います。すなわち有効な対策に繋がるはずです。さらに加えるならば、強烈な感染力を持っている変異株が出現し、想定以上の速度で広がった場合、ゲノム情報を持っていればその変異株を特定し追跡することができるわけです。
——ここまではウイルス側のゲノム変異を知ることの重要性についてお話いただきましたが、2020年8月頃、スペインとイタリアの研究グループが呼吸器関連疾患重症になりやすい人の宿主(ヒト)側のゲノム変異に注目した論文を発表しました。
今回の感染症の発症や重症化には宿主であるヒト側のゲノム一塩基多型(以下SNPs)が大きく関わっていることについて先生の見解をいただけますか。
井元先生:性質が大きく変わるようなウイルス変異株が出現すると予測されながらも、パンデミックになってから1年くらいは大きなインパクトのある変異株は生じなかったですよね。
しかし、感染者の中には重症化する人、重症化せず症状すらない人など様々なパターンがあって、疫学調査から既往歴として糖尿病や肥満などを合併している人がハイリスクだと解明されてはきたのですが、それが全てではないこともわかっていました。
そこには隠された要因があって、重症化するしないに大きく関わっているのではと考えるのはごく自然でしょう。
ゲノム情報を早期に解析したのがスペインとイタリアの共同研究チームですよね。しかし、その論文が掲載されてすぐ重症化リスクと関連があるとされたSNPsの情報を評価したのですが、日本人がほとんど保有していないSNPsであることも分かりました。これは人種による違いだなと考えました。
たしかに疫学調査で海外と同様に肥満と糖尿病、呼吸器疾患がある人はハイリスクであることは分かりましたが、そうでない人も重症化しているし、リスクが高いと考えられる方も重症化していない人もいる。ウイルスの変異株も決定的なものは出てきていませんでした。
よって、日本人特有のSNPsが重症化に関係していると考えられます。この謎を解き明かさないといけないと考え、コロナ制圧タスクフォースに参画することにしました。
三宅:私は当初ゲノムを紐解くことで感染症のヒントが分かることはないのでは、と過去の経験からも考えていました。今回の話から、ゲノム情報が教えてくれることは奥が深いことを知り純粋に面白いなと感じました。
さらに付け加えるとゲノムで分かることとして”重症化”に狙いを定めたのがさすがだなと思っていて、感染しやすいかどうかはウイルスとの接触量があまりにもファクターとして大きすぎるので、かかりやすさ・かかりにくさをゲノムで判断する事は難しいと思っていたのですが、重症化というのは、感染がスタート地点で宿主(ヒト)側の体質要因が大きいと思うんですよね。
要因の中には糖尿病とか基礎疾患を持っているから免疫機能がそもそも落ちているという後天的な差異もあると思うが、SNPsなど先天的な体質要因になる可能性は大きくあると思うので、そこに狙いを定めたのはさすがだし、結果を見て非常に説得力があると感じています。
ただどれくらい大きなファクターになるかというのは先生も議論中だと思うのですが。
井元先生:そうですね。私たちは多くの場合、今まで知られている様々なウイルスにかかり対抗するために免疫をつけるわけです。治療薬もあるケースが多いですね。
しかし、新型の未知のウイルスに対しては、まだかかったことがないわけですからそのウイルスに抵抗する特定の免疫力をもっておらず、治療介入も少ないわけです。結果、ウイルスに対するそもそもの免疫力の強さが勝負になりますよね。
——井元先生は国際的な研究にも参画されていて、新型コロナウイルス重症化に関する研究で世界と日本の違いを考察されている中で、何か特別な違いを見出せたりしているのでしょうか。
井元先生:我々が見つけた重症化リスクと関連があるとされたSNPsは西洋人はほとんど持っていないSNPsで、逆に西洋人で重症化と関係するSNPsは東アジア人にはほとんどないということが判明しています(※)。”重症化”という着目点は同じでも、関与するゲノム、SNPsが異なるということまで突き止めており、人類遺伝学的にも本件は非常に興味深いと考えています。
三宅:人種は厳密に定義できないと言われていますが、やはり遺伝子的に分けられるグループはあるということなのでしょうか?
井元先生:そうですね。日本の中でも数十万SNPsを解析すると、地域が綺麗に分かれることは知られています。
三宅:「こういう遺伝的なパターンがあると日本人の確率が高い」と、分かるのでしょうか。
井元先生:分かりますね。海外との比較解析によってSNPsの情報で分かれることも知られています。また、SNPsで個人識別に関してもできますね。やはり個人識別に関しては限界があることは事実でした。SNPsと血縁関係が世に広く知られたのは、2011年に起こった東日本大震災の時ではないかと思います。震災で津波が起きて流されたしまった方が長い時間をかけて陸に戻ってくる頃には見た目では身元確認ができないのですが、SNPsを調べることで血縁者が判明するのです。
とはいっても、ある程度近い血縁者のゲノム情報が必要なのですが、この事実を知ったときはちょっとショックでした。SNPsやゲノム情報は血縁者でシェアしているものという意識はもちろんあったのですが、実際にこのような形で用いることができるのだということを痛感しました。
(後編に続く)