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DeNAはこれまで、タクシーの配車アプリ「GO」、自動運転技術を活用した新しい交通サービス「Easy Ride」、自動運転バス「ロボットシャトル」、次世代物流サービス「ロボネコヤマト」など、幅広くオートモーティブ領域に取り組んできました。
そして、2022年3月に三菱⾃動⾞工業株式会社と商⽤EV(電気自動車)の本格普及に向けた協業の検討を開始すること、EVで脱炭素社会を目指す取り組みを始めることを発表しました。今回の取り組みを通じて、世界が抱える環境問題に対してどのように解決しようとしているのか、社内のキーマンで、入社前の38年間は自動車メーカーに勤め、現在はDeNAのフェローを務める二見 徹に話を聞きました。
――本題に入る前に、まず近年の自動車業界はどのような傾向がありますか?
二見:自動車業界では、”100年に一度の変革期”といわれています。「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(シェアリングとサービス)」「Electric(電動化)」を指す「CASE」によって車の概念が変わり、業界では大きなうねりが起きています。
中でも一番大きな変化を与えるのは電動化(EV)だと考えています。しかし、日本が世界で初めてEVの量産化を始めたにもかかわらず、今や中国やヨーロッパに大きく差をつけられています。
――世界中でEVが今、注目されているのは何故ですか?
二見:これまで世界各国で脱炭素に繋がる取り組みがおこなわれてきました。ところが、今回のコロナ禍で、各国とも非常に大きな経済的打撃を受けました。その結果、環境対策そのものを経済の中心に組み込まないと、立ち行かなくなると気づき始めたのです。環境対策はCO2を排出しない再生可能エネルギーが重要ですが、再生可能エネルギーは発電量を安定させることが難しく、安定的な送電をおこなうためには、余剰の発電を蓄電し、不足時は放電できる蓄電池が必要不可欠です。
その重要な蓄電池の95%はEVで利用されています。つまり、EVの普及を上手く加速させることができれば、新しい産業や経済を生むことができ、同時に再生可能エネルギーが普及し脱炭素にも繋がるというロジックが世界的に広がり、一気に進んでいる状況です。
ただ、再生可能エネルギーを普及させるだけでは完全な脱炭素社会には出来ません。例えば、食べ物の残りかすや、新しいモノの製造過程や廃棄によってもCO2は発生します。人が起因するCO2排出をゼロにするためには、新たにモノを作らない社会にしていかないと達成できません。
そこで「サーキュラーエコノミー※」という考え方が新しく出てきました。
※製品の製造段階からリサイクルや再利用がしやすい設計にし、廃棄物を最小限に抑え、新しい資源の利用も最小限にする循環型経済(資源の抽出→製造→消費→リサイクル・再利用(=資源の抽出)→製造)。
二見:EVはとても耐久性が高いのが特徴です。重い重量を持つ蓄電池を床下に抱えているため、車体がとても頑丈に作られているのです。また、エンジンのように、振動したり熱を出して回転する部品などがないため、通常のガソリン車と比べると故障が起こりにくいのです。
サーキュラーエコノミーでは、一度作ったら長く使う。使えなくなったら、部品に分解し新しいモノを作るというサイクルにしないといけません。そのため、EVの耐久性の高さを活かし、リサイクルが可能な蓄電池を上手く社会への普及に繋げられる設計ができれば、再生可能エネルギーの普及とサーキュラーエコノミーを同時に実現でき、脱炭素社会への貢献に繋がるのです。
この二つを同時に実現できる産業モデルは、なかなか存在しないと思います。
――DeNAは具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか?
二見:一つは、EVの稼働率を高めることです。乗用車の稼働率はわずか5%ほどしかありません。こんなに稼働しない商品は滅多にありませんよね。それを、「Anyca」のようなカーシェアサービスでシェアリングすると、稼働率を約30%程上げることができます。実際に千葉県市川市で、公用車としてリユースEV(中古車)を試験導入し、休日は市民向けにカーシェアする取り組みをおこない、稼働率を上昇させることができました。
また、これまでは車を大量生産・大量販売し、すぐ中古車にし、しばらくすると廃車にする経済モデルでしたが、中古の状態で長く使いつづけ、不要な生産を減らすことが脱炭素社会の実現には必要になってきます。一方で、EVの性能は使っただけ変化し、バッテリーも徐々に容量が小さくなっていきます。そうすると、一度の充電で走れる距離も短くなる。
しかし、人によってクルマの用途は異なり、買い物でしか使わないから短距離しか走れなくても問題がないという人もいます。そのため、用途によってどのEVの状態が適正かを見極めて使い分けていけば、コストを抑えて社会全体で長く一台のEVを使い続けることができます。
ただ、そのためにはEVの状態を見える化、データ化しないといけません。あとどのくらい走れるか、今どのような状態なのかが分からないと安心して使えないですよね。それだけでなく、EVの価値を決める際にもデータに基づく査定が必要になってきます。そこで、DeNAとしてやることのもう一つは、EVのデータ(状態)の見える化です。
また、EVの性能を予測することも必要です。クルマの乗り方や走らせる地域や季節によっても、EVの性能は変わります。その条件によってどのくらい走ると、どういうEVの状態になるかを推定する機能がないと、EVを使う側にとって役に立つ情報にはなりません。バッテリー容量の推定値、電力消費の推定値などを掛け合わせると、航続可能距離の推定ができますが、さまざまなデータを用いた予測や推定を行なって最終的に走れる距離を出すという作業は、DeNAがこれまで培ってきたデータサイエンスやAIが得意とする領域です。
二見:まとめると、EVサーキュラーエコノミーは、①EVの用途を多用化させ、日常の稼働率向上を目指す、②リユースEV(中古EV)の性能を見極め、利用する人の用途に合わせて適正にマッチングし、EVの長寿命化を図る、そして③バッテリーを再利用することで、EV以外で社会へ蓄電池の普及へ繋げる循環の考え方です。
蓄電池を搭載しているEVを何回も繰り返し使うことができれば、償却期間が伸びます。償却期間が伸びるということは理論的には限界費用がゼロに近くなるため、サーキュラーエコノミーの先にある生活への大きなインパクトは、モビリティの利用コストがゼロになるかもしれないということです。
二見:現在、日本は少子高齢化で就労人口が減り、税収も減るので、これまでのGDPが増えることを前提としたインフラ投資の経済モデルは成立しません。社会コストを下げる必要がありますが、一度上がった生活レベルを下げることは難しいものです。その為、サーキュラーエコノミーによる「社会コストを下げQOLを上げる」経済モデルにしていく必要があります。
実は、ヘルスケア事業でおこなっていることも同じです。ヘルスケア事業では、個人の生涯の健康を管理していく為にヘルスビッグデータの利活用に挑戦しています。将来的には時期や場所が異なる健康診断の結果をつなぎ合わせるなどして健康に関するデータベースを整備することで、人々の健康寿命を伸ばすことが目的の事業をしています。
今回のEVサーキュラーエコノミーやヘルスケアのデータ利活用などは、まさにこれから日本が取り組まなくてはならない「社会コストを下げQOLを上げる」事業です。
DeNAは、これまで幅広い事業に参入し、さまざまな強みが生まれてきて、更に新しい事業や領域へ挑戦してきました。今回のEVの取り組みでもDeNAが培ってきた強みを活かして脱炭素という社会課題に向き合っていきたいと思います。
●二見徹 (ふたみ・とおる)
株式会社ディー・エヌ・エー
フェロー
東京大学工学部電子工学科を卒業後、日産自動車株式会社に入社。主にエアバッグ、ナビゲーション、テレマティクス、IT・ITS開発を担当。2000年以降は日産リーフ向けICTシステム、自動運転、コネクテッドカーに関わる技術戦略、研究戦略に従事。2016年よりフォーアールエナジー株式会社フェローに就任。EVを用いたV2Xシステム、EV再生バッテリービジネスを手掛ける。2019年、株式会社ディー・エヌ・エーのフェローに就任。(受賞:1999年米自動車技術学会・最優秀論文賞受賞)
関連情報:「FACTEV」オフィシャルサイト https://www.factev.com/
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