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医療ICTベンチャー企業の株式会社アルムは、2022年にDeNAのグループへと仲間入りを果たしました。ゲームやスポーツなどエンタメ領域を軸としながら、新しい命題として社会課題解決に取り組んでいるDeNAと、医療・介護領域のDX化を軸に「ICTの力で医療の格差・ミスマッチを無くし、全ての人に公平な医療福祉を実現」したいと考えるアルム。
なぜこの両者がタッグを組むことにしたのか。届けたいDelightとは? メディカル事業本部 本部長、 株式会社アルム代表取締役社長の坂野哲平(さかのてっぺい、以下、坂野)に聞きました。
ーー大学卒業後にコンテンツビジネスを始められ、その後医療領域へと進まれたと聞きました。なぜ、医療領域に参入しようと思ったのですか?
坂野:まず、グローバルなビジネスをやりたかったこと。それから、その産業のIT化が遅れていて、DX化することで大きなチャンスを見出せ、その産業が抱えている課題に対して大きな結果が出せるだろう領域であること。そして、社会課題解決と言われるような、課題を解決することでその人の人生に、より大きく良い影響を出せるような領域に対し面白いと思い、やる気を持てたことです。
ーーエンタメと社会課題、DeNAのキーワードに近いですね。では、アルム社がなぜDeNAのグループになったのかをお聞きしていきたいです。
坂野:大きく3つの理由があります。医療領域のマーケットは大きく、非常に不況に強い業界なんです。軒並みの業界が痛手を負ったコロナ禍などの不況時でも、伸びたことからもわかっていただけるのではないでしょうか。ちゃんと腰据えてやれば結果が伴いやすいのですが、会社として取り組もうとしたときにそのタイムラインがネックにはなるんですよね。
医療領域で新しい医療機器やサービスを世に出そうとすると、臨床試験や薬事法の認可などいくつもプロセスがあり、だいたいスタートしてからリリースされるまで8年ほどかかるんです。IT領域では早ければ1年ほどでアプリの企画からリリースまでたどり着けますよね。
自分もIT業界からきて、医療業界のスパンの長さの両方を知った上で思うのは、長い目で腰を据えてやらなきゃいけないのが医療やヘルスケアの領域だな、と。投資としても時間軸が非常に長いので、なかなか成功事例が生まれていないのが現状です。今日始めて、来月には利益を生むといったスピード感では進められません。
ならば、医療業界のスピード感を理解している大手の医療企業と組めばいいのでは?と思いますよね。しかし、大手医療企業がM&Aをたくさんしているニュースを見たことがないように、医療業界は守りに入るタイプの産業なんです。
だから、医療領域に参入し、積極的に投資をしてマーケットにインパクトをもたらそうとしている会社を探していたのがまず一つ目です。DeNAはずっとフォーカスしてきたゲームなどのエンタメ事業から、社会課題解決というもう一つの軸を立てようとする本気度を感じたことも後押しになりました。
ーーなるほど。タイムラグがそこまで大きいとは知りませんでした。二つ目の理由も知りたいです。
坂野:ヘルスケアや医療領域はかなりの官製市場。つまり、行政の取り決めが強く影響する市場なわけです。特定の団体や学会、行政側の仕組みと共存しているため、いいモノをつくるだけでなく、自分たちで認可を得たりプロモートしていったりする必要があるんです。私たちのつくった『Join』というアプリが単体の医療機器プログラムとして日本で初めて保険収載されましたが、このような製品やサービスを連発でつくり連発でつくり続け、世の中にひろめるために動くのは現実的ではない。いいモノをつくっても誰にも知ってもらえないリスクを感じました。
その点で、DeNAには行政を知っている行政出身の社員がたくさんいるわけです。地方自治体が抱えている課題解決に明るく、サービスや製品を“売り込む”方法を知っている人たちが多くいるのは心強いと感じました。彼らも、ちょうど社会課題解決へよりギアをあげるタイミングで、私たちのサービスをそれらの核と捉えてくれたのも嬉しかったですね。これが二つ目です。
ーーまさに出会いはタイミングですね。最後の理由をお聞かせください。
坂野:一つ目の理由と関連しますが、投資会社や投資ファンドから資金調達した場合、医療的なタイムスパンではなく、もっと早くリターンをだしていかないといけないじゃないですか。なので、タイムラインが合わないんです。
アメリカだと、ステージごとの投資回収ポイントが設定されていたりしますが、日本で、しかもヘルスケア領域の投資はステージで区切っていることは稀です。そのため、ヘルスケアの領域で継続的にグローバルのマーケットで取りにいくのは、今の日本の投資背景的にかなり難しいと思います。
アルムは去年56億円の資金調達をし、今年もそれ以上の資金調達の見込みが立っていました。資金調達がうまくいっている医療系のベンチャー企業といっても過言ではないほどです。しかし、これは同時にステークホルダーとして株主たちに還元し続けなくてはいけない、つまり、ひたすら右肩上がりに事業を成長させ続けなくてはいけないことを意味します。
製品開発に時間がかかり、展開する国によって独自の認可方法があるため、そこでもまた時間がかかる。そのため、結局リターンを待たせてしまう。展開する国が増えるということは、新しいマーケットに進出することになるので、結局新しい投資が必要になる……と、損益が上回るときでも新しいマーケットに進出し続けざるを得ない状況をつくってしまうわけです。となると、もちろん戦略をアジャストしていく必要はありますが、医療領域への知見があり、いろいろなサポートが受けられるDeNAグループの一員になることで今後の成長につながりやすくなるだろうと考えました。
ーー先ほど『Join』の話がありましたが、アルム社のサービスについて教えてください。
坂野:現在14ほどのプロダクトやサービスを運営しています。その中で特に注目していただきたいのが医療関係者間コミュニケーションアプリ『Join』です。日本で初めて保険診療の適用が認められたアプリで、画像やグループ通話を通し医療関係者間で即時にコミュニケーションをとることができるものです。専門医がその場にいなかったとしても、『Join』を通して専門医の判断を仰ぐことができるのが最大の利点です。
ーー医療の現場で、『Join』がどうバリューを発揮するのでしょうか。
坂野:例えば、人類の死亡原因一位である循環器疾患を考えてみましょう。毎年健康診断を受けていても突然起こり、事前の検出がとても難しいんです。そして、発見されてからの治療はまさに「時間との勝負」。情報共有から診断、治療への時間が早ければ早いほど助かる人が増えます。
脳梗塞が起きて血管が詰まったとします。1分で170万個の脳細胞が死ぬと言われています。脳細胞が死ぬということは、人間としての機能がどんどん失われていくということで、つまり、助かったあとも、歩けない、喋れない、飲み込めないなどの症状が残ることがあります。本人も大変ですが、それをサポート・介護する家族への影響も大きくなりますよね。
血栓ができた場合を例にすると、4時間半以内に血栓溶解剤の点滴を打てば血栓が溶けて助かると言われています。しかし、基本的にその判断は専門医でなけばできないんです。CTやMRIを見て、溶かしていい状態かを判断する。しかし、その判断を誤ると、血栓を溶かしたことで健康な脳細胞にまで悪影響を及ぼし、最悪の場合、死へと繋がってしまう場合もあります。
そうならないためにはどうすればいいか? もちろん脳外科医や神経科医などの専門医を増やし、どこでもいつでも治療できればいいわけです。しかし、そういった突然の症状が起こり、運ばれた救急病院に必要な専門医がそろっている確率は残念ながらゼロに近い。
点滴を打つかどうかの判断で一番大事なのは頭のCT画像で、それを撮るのには15分や20分あればいい。このように、目の前に医師がいたら診てもらうだけですむのに、目の前に医師がいないというのが現実なんです。
そういった状況下で、『Join』を使い、救急病院で撮った写真を専門病院に送り、専門医の判断をあおぐことができる、つまり専門医と非専門医の連携を強めることで死亡する人も確実に減るし、一生寝たきりになる割合を下げることができるわけです。
ーー『Join』がもたらす最大のメリットは何だと考えていますか?
坂野:おいしいご飯を言葉だけでどう美味しいか伝えるのは難しいですが、写真を一枚送れば伝わるという経験ありませんか? それと同様に、CTやMTRから得られる情報を電話で説明するのは難しく、かつ専門医にとっては細かなディテールがとても大事になります。
すべての領域がより専門的になり、技術や知識が進化していっている現在、医師1人で診療するのではなく、専門領域に長けた技師や看護師と連携するチーム医療が当たり前になってきています。つまり、少なくとも10人以上のメンバーに、救急病院からきた情報を同じ粒度で伝えなくてはいけません。しかし、いまだに医療現場では携帯電話など一対一でしか話ができない状態です。
『Join』は、画像情報も瞬時に送れるので多くの情報を早く伝えることができます。これは、地方の病院で効果をより発揮するとも考えています。また、救急車で運ばれる際に、救急隊員がどの病院にどの専門医がいるかを確認することができるので、最初からどの病院に搬送すればいいかわかりタイムロスをなくすことができますし、地域の病院間で情報共有をすることもできます。救急車は行政サービスですが病院は民間サービスであることが多く、そうなると病院外情報連携と呼ばれる行政と民間の情報連携が大事になるんです。
そこで活躍するのが、患者のトリアージ(※1)を行い、適切な搬送先を推奨する『JoinTriage(ジョイントリアージ)』です。これまでは、病院に搬送されてから治療が始まるのが常でしたが、救急現場や救急車の中で脳卒中・心疾患の発症可能性や重症度を判定でき、『Join』と連携して利用することで患者の情報を事前に病院に送ることができ、適切な処置に向けた人員配置や手術の準備を先にできるようになります。
※1:災害発生時などの多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めること。
このように、情報伝達を効率化することで「時間との勝負」に勝てることが、『Join』やそれに付随するさまざまなサービスの最大の強みだと考えています。
今後は、病歴や先天的な疾患、服用している薬、将来的には遺伝情報などの疾患が起こる以前の情報により注目していこうと思っています。例えば、脳卒中は3年以内に再発する確率が3割と言われていて、一度罹患したかどうかがわかるだけでも予知がしやすくなります。このような情報を知ることで、なりやすい病気を推測する精度があがるようになり、またこれを共有することで、多くの医師が診断を早めることができると考えています。
ーー先日の大井の記事でも、アルム社に地域医療の課題解決への期待を寄せていることがわかりますが、そのあたりはいかがですか?
坂野:都市部と地方の医療格差を埋めるのは、やはり「情報」です。患者でも医師でも、情報がない人たちは、生死を分かつ選択肢を狭めることになります。
患者にとってみれば、適切な治療を受けられる病院がどこか知っておくことで命が助かる確率が上がりますし、患者の家族も、「もっと最適解があったのではないか」と後悔することも減らせるかもしれません。また、医師も自身の持つ「選択肢」の中でいつもベストな解を導き出してはいるだろうものの、専門医だったらより良い医療を提供できたのではないかと悩むことも減るでしょうし、直近の学会で新しいエビデンスが出てきたことを知っていたら診療を導き出す「選択肢」を増やすこともできます。
センサーの小型化やモバイル機器などのIoTの進化により、以前は病院を建てることが難しかった地域でもオンラインによる遠隔診断が進んで、その情報格差は徐々に埋まってきていますが、私たちはそこにもう一つのヒネリを打ち出したいとも思っています。例えば、頭に特殊なセンサーをつけることで遠隔でも脳波を読み取ったり、心電図を撮ったりすることができるといった感じです。
そうした新しい分野へチャレンジするにあたり、我々だけでは難しい部分もあるので、今後は医療ベンチャーとのコラボレートを実現させ、必要な医療サービスを足りていないところに届けていきたいと強く思っています。このイノベーションの立役者になる、というのが私の事業ミッションであり、ビジョンとして持っているところです。
ーーグローバルにおける医療格差についてはどう向き合われているんでしょうか?
坂野:数に差はあれど日本でもアフリカでも使われている医療機器、薬は一緒なんですよ。唯一違うのはビジネスモデル。地域の医療課題を解決していくには、ビジネスアライアンスをどう組むかがポイントになります。行政に提案しにいく地域もあれば、民間企業に提案しにいくのが正解な場合もあるので、そのあたりの知識をシェアし、それぞれの課題解決へと向き合っています。
アルム社はブラジルやチリ、東南アジアなど約30ヶ国以上に展開していますが、現地のニーズは現地が一番わかっているのでそれぞれが独自で動いています。そのため、オンラインで毎月、年に1回は対面にておこなわれるグローバル会議では、つくったサービスをそれぞれ地域でローカライズして提供したときに出た効果や各地域で手に入るローカルなスタートアップの情報をシェアしています。ブラジルのベンチャー企業が開発したサービスが、東南アジアの課題解決に役立つことを発見する、なんてこともあります。学会や国際イベントに出展することはグローバル展開への近道になるので、各国のイベント情報と共に開催時の連携も密にとっています。
ーーでは、最後にDeNAグループとなって、今後生み出したい「Delight」についてはどう考えているか聞かせてください。
坂野:ゲームやスポーツなどのエンタメと同じくらいの収益をつくり、会社のもうひとつの軸となることが私のミッションだと考えています。
また、一生懸命がんばっている医療関係者にスポットライトを当て、彼らの不安を少なくしたいとも思っています。なんとかしてくれて当たり前だと思われる医師や、介護士、看護師は早朝深夜にかかわらず病院や個人宅に出向き要介護者の介護・診療をする。人のために従事するような大変な仕事にもかかわらず、報酬はその地域の指定賃金のこともあるなど、決して賃金が高いとは言えない。後から医師免許を取るのも難しいこともあり、希望が見出せない負の連鎖に陥ってしまっているのが現状です。
医療領域ではDX化が少しずつ始まりましたが、介護領域などはまだこれから。要介護者への夜間の見回りは看護師や介護士が1人で担当することが多く、苦しそうにしている方への対処を悩んだり、中には亡くなっている方を一人で発見したりすることもあり、精神的にも体力的にもかなりダメージがあると聞きます。
そこをDX化し、センサーなどを取り入れ心肺停止や不整脈などを検知することで、異変に早く気づくことができるようになります。何かが起こっているかもしれない状況を準備して迎えるのは大きな変化になると思います。DX化することで、医師と遠隔で繋いだりAI技術のサポートを取り入れたり、時間と体力、精神力をすり減らすしかなかった彼らの業務上の不安を少しでも無くしていきたいですね。
グローバルな視点で考えると、最大の産業セクターで、今後伸び代しかない。例えば、医療機器でいうと約40兆円の市場で、薬だと約80兆円。医療ITだと現状約18兆円の市場だと言われています。しかし、10年前はほぼ0円市場。2028年には医療機器のマーケット市場と医療ITのそれが逆転すると言われています。
「助かりたい、死にたくない、死んで欲しくない」と、ニーズがはっきりしているわけなので、これからもっと革新が起きていくことは確かです。そこに向け必要かつ適正なサービスへのニーズが高まっているものの、情報格差があることで行政も医療者も自分たちにとっての適正なサービス情報、投資情報がわかりにくいのも事実です。そこで、必要な情報を必要とする人に届けることで、今まで以上に適正な治療が受けられる仕組みづくりをしていきたいとも思っています。
撮影:石津大介
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