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DeNAライフサイエンスが2014年から販売を開始した遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」は、検査時に会員さまの同意のもとで集めたゲノムデータを研究活用するプロジェクト「MYCODE Research」へと進化しています。2023年1月には、株式会社東芝(以下、東芝)とゲノムデータを含むヘルスデータの利活用に関する協業検討を開始しました。
今回は、協業を進める東芝がなぜMYCODE Researchに注目したのか、両社の取り組みの今。それに加え、ヘルスケア領域やメディカル領域において、ゲノムデータがリードする未来をどう描いているのか両社の担当者方に聞きました。
(左から)DeNAライフサイエンス ゲノム解析センター長 鈴木 久皇、DeNAライフサイエンス 代表取締役砂田 真吾、東芝 技術企画室ライフサイエンス推進室 参事 山口 泰平氏、東芝 技術企画室ライフサイエンス推進室 主務 海老澤 昌史氏
ーー両社の取り組みについて伺います。それぞれの役割について教えてください。
山口 泰平氏(以下、山口):ライフサイエンス領域における事業開発リーダーとして、疾病の発症を予測するAIやゲノム解析といった研究から、技術やデータを活用したソリューション開発まで、全体を見ています。
海老澤 昌史氏(以下、海老澤):山口と共に事業開発に携わっており、特に製薬系企業さまへのアプローチや企画検討をしています。また、製薬分野だけでなく食品や保険などヘルスケアに関連する業種の方にデータを利活用していただくためにはどうすればいいか?を考えています。
砂田 真吾氏(以下、砂田):私はDeNAライフサイエンスの代表として、MYCODE事業の全体と組織を見る立場ですが、チームメンバーと一緒に事業成長に向けて、日々奮闘しています。
鈴木 久皇氏(以下、鈴木):顧客との共同研究を推進する役割で、どんな研究ができるかというデザインを考えたり、その結果として何が得られるかを提案したりする部分を担当しています。
ーーまず、東芝さんの取り組みについてお伺いさせてください。
山口:東芝というとエネルギーや半導体のような印象が強いかもしれませんが、2019年から、医療・ヘルスケア領域において研究開発所で培ってきた技術を中心とする精密医療事業の立ち上げに取り組んでいます。まず、この立ち上げに際して策定したビジョンをお伝えしますね。
それが、まず「一人ひとりのクオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上を応援します。」
2つ目に、「積み重ねた技術力と新たなパートナーシップで、これからの先進医療・ライフサイエンスを支えます。」3つ目が、「次の世代も見据えた予防医療にデジタルの力を活かします。」という3つです。
これらのビジョンを推進するために最初に取り組んだのが、東芝が企業として培ってきた長い歴史の中で蓄積されている従業員のデータを活用したデータベース構築です。これは、我々のビジョンに賛同してもらった従業員から個別に同意を得て、東芝に入社してからの健診データや服薬データであるレセプト、問診情報を提供いただき、それらのデータとゲノムデータを組み合わせてつくる独自のデータベースです。現在1万人を超えるデータが集まっています。
海老澤:これらのデータをもとに、AIを活用した疾患リスクの算出に関する研究開発を進めたり、一人ひとりのQOLの向上にどう活かせるかという“還元”をテーマに、アカデミアや企業との共同研究を実施したりしています。
山口:ビジョンに同意いただき、医療の発展のためにご自身のゲノムデータを提供してくださっていますが、本人の健康にも役立てていただきたいと思っており、研究成果を健康施策などに活かし、次の世代に繋げていく“還元”にはとても重きを置いています。
ーーありがとうございます。続いて『MYCODE Research』について教えてください。
砂田:2014年にサービスを開始し、累計で約13万人の方にご利用いただいた遺伝子検査サービス『MYCODE』。その約90%の方から、ご自身の遺伝子情報を、研究に活用することへの同意をいただき、お預かりしています。
そのデータベースをもとに、アカデミアや企業と一緒に、新しい研究等に利活用するプラットフォームという形で展開しているのが『MYCODE Research』です。
鈴木:『MYCODE Research』では、MYCODEサービスで得られた網羅的なSNPs(※)情報と生活習慣アンケート結果で構成されるデータベースの利活用を目的としています。これまでに年間を通して約20社の顧客企業さまとの共同研究をおこなってきました。データベースに基づいて研究に参加していただける方を募集して研究を実施しています。得られた研究成果を顧客企業さまの製品開発に活用したり、論文や学会発表で公開したりという形で、私たちがお預かりしている遺伝子情報の社会還元を進めています。
※SNPs:ゲノム配列の個人差
山口:活用可能なデータの量の多さにびっくりしました。
鈴木:やはり活用可能なゲノムデータ規模というのは弊社の大きな特徴ですね。もともと『MYCODE』の会員さまは、ゲノムを知ることに自己投資をして、ご自身がどんな体質の特徴があるのかを知りたい、という探究心の高い方々だと思います。ご自身のゲノムを理解するのみならず、それがどう研究に活かされるのかということにも興味の高い人が多かったのですよね。それが研究同意90%に繋がっているのだと考えています。
砂田:民間企業として、サービスを通じてゲノムデータを預かる取り組みに利活用できるゲノムデータを10万人を超える規模で保有しているのは、国内では弊社くらいではないかと思います。
海老澤:当初からデータの利活用を視野にいれていたのですか?
砂田:そうですね。『MYCODE』は、文部科学省と国立研究開発法人科学技術振興機構の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」に選定され、東京大学医科学研究所とDeNAライフサイエンスとの共同研究における研究開発成果を「社会実装」したものになります。そのため、ゲノム情報を調べて会員さまにサービスとしてお返しするだけではなく、お預かりしたゲノム情報を研究に活かしていくことは、当初のビジョンからも想定しておりました。
山口:東芝のデータベースは次の世代に残していくという精密医療ビジョンへの賛同が基盤となり提供されていて、DeNAライフサイエンスさんのほうは研究結果への興味というモチベーションでデータ提供されている。この違いは面白いですね。
ーーそんな両社は、2023年1月から協業検討へと入りました。きっかけや両社に期待したことについて教えてください。
海老澤:一緒にお取り組みをする上で、重要視したのが「還元」という部分です。『MYCODE Research』はホームページ上で、現在進行形で進めている研究内容や届けたい結果についてしっかりと書いてありました。自分のデータが今どう利用され、今後どういった内容で活かされていくかという部分を感じることができる、そのようなビジョンをきちんと表明されているところは実は少なく、還元についても想像しやすかったことが大きくあります。
また、私たちが大事にしている3つのビジョンのひとつ、「次の世代も見据えた予防医療に、デジタルの力を活かします。」という部分で、デジタルという部分はDeNAさんの強みでもあるのでその点でも相乗効果があると考えています。
砂田:会員さまからお預かりしたデータを、より多くのシーンで利活用したり社会還元したりするには、私たちが保持しているゲノムとアンケートデータのみだけでは足りない場合があるのも事実。私たちの特徴として、会員さまに適宜リコンタクトして追加で必要な情報を集めることも可能ですが、東芝さんが経年で現在進行形で蓄積しているデータは不変の価値があります。なので、両者の特性・利点を掛け合わせ、補い合うことで新しいチャレンジができると確信しています。
鈴木:従来は、ヘルスケアや医療は医療機関や医療機器メーカーが中心となった専門的な分野だったかもしれません。これからは従来の医療体制に加えて、弊社のような情報を扱うことに強みを持つ企業や東芝さんのような総合機器メーカーといった他業種の技術を組み合わせて、いろいろ知恵を出し合って進めていくものだろうと思うんです。多岐にわたる事業を展開し、それぞれの分野で随一の技術開発を進めている東芝さんと協業することで、新しい医療技術・サービスへの期待に繋がりますし、研究開発者としてもとても楽しみにしています。
山口:ありがとうございます。東芝は長い歴史の中で「技術」へのこだわりを持って向き合ってきました。しかし、DeNAさんのスポーツやゲームなどのエンターテインメントで培われてきたノウハウはありません。ヘルスケアや医療において、ユーザー自身が健康を意識し行動変容することが重要です。技術とエンタメの要素を組み合わせることで、本人が意識せずとも楽しめ、その結果健康になるという仕組みが作れると良いと思います。
DeNAのミッションバリューである「一人ひとりに想像を超えるDelightを」という部分は弊社のビジョンと重なる部分もあるように、基盤となる考え方に親和性がありつつ、それぞれが独自のデータ、魅力、文化を持ち、それが融合していけるのは、市場にとっても大きな強みになると感じました。
ーーでは、現在進めている、協業について聞いていきたいと思います。
鈴木:大きくは4つテーマを持ち、進めています。1つ目は、創薬プロセスの支援です。
製薬企業にたいして、新薬をつくる上で東芝とDeNAのデータ利活用方法を提案していこうとしています。
海老澤:創薬プロセスは基礎研究から製造販売後まで段階がいくつか分かれていますので、その段階毎にゲノム情報を含めたデータの利用方法を検討し、アプローチしていく予定です。
鈴木:両者のデータの特徴は健常者のデータが多いということですね。製薬企業は、対象となる疾患を持った人たちのデータを医療機関などを通じて入手できる場面が多いと思われます。しかし、医薬品の開発では比較対象となる健常者のデータも必要な場面もあり、私たちの持っているデータを有効的に利活用できるのではないかと考えています。
次に、薬剤市販後の分析支援です。これは製薬会社が販売した薬について処方状況や副作用について、両社の被験者パネルから聞き取りをし、それらの要因をゲノム情報と関連させて分析していくものです。
3つ目は、すでに東芝で開発を進めている健康増進を支援するサービス開発への寄与です。今回の協業で構築される新たなデータベースを活用し、会員の健康増進につながる行動変容を支援するサービスの構築を目的としています。
海老澤:東芝では、健康診断データや服薬データを統計的に分析し、将来的に罹患率の高い病気を予測するAIを開発し提供しています。そのリスクを下げるためのソリューションもAIによって提案できるようになってきていますが、そこにゲノムデータを足すことで、今度は個人のリスク算出ができるようになります。遺伝情報から、その人とって最適な罹患リスク低減を、運動や睡眠、食生活など、未病段階から提案できるようになり、個別予防の領域を開拓することができるんです。
鈴木:最後に、製薬・食品・化粧品などのメーカーやアカデミアなどの顧客と共同で実施する臨床試験/研究の運営です。DeNAライフサイエンスと東芝、それぞれ遺伝子検査を提供する際には受検者に研究参加同意を募っています。同意を得られた方々を対象として研究参加を呼びかけて研究を実施します。
従来の『MYCODE Research』の取り組みに加えて、東芝さんのゲノムデータと経年の健診データを蓄積したデータベースを追加することで、新たな可能性を顧客に提案をしていこうとしています。
ーーそれぞれが見据えるゴールついて聞かせてください。まず、技術部分について海老澤さん、鈴木さんにお伺いしたいです。
海老澤:ゲノム情報は非常に機微なデータと認識しております。それゆえ、企業だけでは対応が難しい部分があるため、行政との連係が大切になると考えています。先日ある学会に参加してきたのですが、各省庁でゲノム情報の取り扱いについて議論が進んでいるようで非常に興味深かったです。
ゲノム情報を含めたヘルスケアデータの利活用を推し進めていくには秘匿性や安全性を保つことが重要であり、法律の部分から対応していく必要があるという話がありました。また、治療に用いるアプリやAI診断支援システムなどの医療機器プログラム(SaMD)を日本産業の柱の一つとして海外へ売り込んでいくため、より効率よく進められるようにしていくという発表もありました。
鈴木:一つの可能性として、今後さらにゲノム分野の研究が進んでいくと、人々が自身のゲノム情報をもとに主体的に健康状態を管理するような状況が考えられます。つまり、医療機関で得られる診療データと自身のゲノム情報を照らし合わせることで、医療的な治療を優先するべきなのか、それとも予防的な行動変容を促すのか、より多くの選択肢がある時代になってくるでしょう。そのような未来の実現には、技術的な進歩とともに法規制の整備も重要な課題となります。今回の私たちの取り組みが、それを動かす原動力の一旦になるようにもしていきたいですね。
海老澤:その上で、そこからプラットフォーマーとしての地位を確立し、国全体の取り組みを牽引していく存在になり、やはり最終的に社会全体が今まで以上によくなるような“還元”に繋げていければと思います。
ーーでは最後に、事業としてどんな未来予想図を描いているか、山口さん、砂田さんにお聞きしたいです。
砂田:この取り組みをしっかりと実現させて、事業として世の中に還元していくのが私たちに課せられた大事なポイントです。当面のゴールはここですね。
その先には、“Community-derived science”、つまりDeNAらしく会員さまとコミュニケーションをとり、エンターテインメント性の高いノウハウを活かして楽しんでいただきながらデータの利活用をおこなう。そこで得たデータから、皆さまに還元できる“何か”を生み出していきたいと考えています。
山口:私も砂田さんのビジョンととても似ています。集めたデータをどう社会還元していくかはずっと念頭にあることで、最終的に一人ひとりの生活の豊かさに寄与するというのはハズせないポイントです。
砂田:そうですね。先ほど海老澤さんからもお話しがありましたが、収集したデータから将来を予測する技術が進化することで、解決ソリューションの提供まで一気通貫で還元できる形を目指したいですし、それを実現し、みなさまが喜んでくださる世の中にしていきたいですね。
山口:一つの見方では、DeNAと東芝は同じ領域で戦っているライバルという側面もありますよね。ただこの領域はまだ研究段階で、これから成熟していく市場です。人類にとって重要な新しい領域をただ競い合うだけではなく、手をとって市場を確立させていくことが重要なフェーズでもあるとも考えています。
日本企業がコンテンツやアプリ領域だけで世界を相手に戦っていくのは難しい時代になってきているのではないでしょうか。しかし、ゲノムや先進医療、AIといった新規産業はこれから日本が世界の市場を握っていける分野だと思います。一緒に市場を大きくしていきながら、国民に還元できるようにしていきたいですね。
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