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2023年4月1日に薄田 健太郎選手が「DeNAアスレティックスエリート」に加入したことを発表しました。薄田選手は1000m走の日本記録保持者で、国内の陸上競技 中距離種目においてトップレベルの実力を持ち、今年7月に開幕するパリ五輪の800mの出場に向けても大きく期待されています。また、筑波大学大学院でスポーツ科学についての研究をおこない、自身の競技活動にもフィードバックすることで成果に繋げてきました。これは、DeNAアスレティックスエリートの事業理念ともマッチすることが多く、競技だけでない活動にも期待が高まります。
そんな薄田選手に、これまでの競技人生や今後の目標について話をききました。
——これまでの経歴を教えてください
薄田選手:陸上競技を始めたのは、小学校5年生のときに地元の陸上クラブに入ったのがきっかけです。中学・高校は地元の横浜市の学校に通い筑波大学に進学してからもずっと陸上競技を続けていました。大学院に進学した2年間はスポーツ科学の研究を続けながら、選手としても陸上競技をおこないました。そして、2023年DeNAに入社し、競技選手と会社員という二刀流で頑張っています。
——陸上クラブに入ったきっかけはなんだったんでしょうか?
薄田選手:最初は純粋に運動会で一番になりたかったからですね(笑)。水泳やサッカーの体験教室も行ってみたのですが、個人種目の方が性にあっていると考え、陸上競技の道を選びました。
——中学・高校の陸上での成績はどうでしたか?
薄田選手:中学のときは、市の対抗試合の最初のブロックで予選敗退してしまう程度の実力でした。高校でようやく全国規模のレースに出場できるようになり、3年生のときに8位になりました。
——高校で結果が残せるようになった理由はなにかあるのでしょうか?
薄田選手:中学のときは、あまり専門的な練習とかはせずに、鬼ごっこやリレーなど遊びながら練習をしていて、あまりタイム自体にはこだわっていませんでしたが、高校からは陸上競技専門の先生がいる学校で指導を受けたのが大きかったです。また、身長が急に伸びたことも、影響したかもしれません。
中学のときは1500mをやっていて、800mは1回も走ったことがありませんでした。高校に進学した後も、将来箱根駅伝を走りたいという想いがあったので1500mを続けていたのですが、なかなか競技力が伸びませんでした。高校2年の春に初めて800mをやってみたところ、先生にこっちのほうが適性があるんじゃないかとアドバイスをもらい、本格的に走ってみたら良い記録で走れたので、そこから800mに絞って競技をおこなっています。
——800mと1500mはそんなに違うものなんでしょうか?
薄田選手:はい、全然違います!800mと1500mは同じ「中距離」でまとめられているのですが、いわゆる生理学的な応答から見ても、1500mは長距離にカテゴライズされてもいいぐらいの種目で、逆に800mは長距離の要素だけだと戦いにくく、スピードやフィジカルなど違う要素がいろいろ入ってきます。
——現在1000mの日本記録をお持ちですよね。
薄田選手:はい、大学院2年のときに1000mの日本記録を更新しました。そのときは、日本記録を破るぞという意識はあまりありませんでした。
世界で戦いたいと思って競技をおこなってはいたのですが、大学生時代はなかなか思うようにタイムがあがらずに、4年間で2秒程度しかタイムが縮められなかったんです。そこで思い悩んでしまって、世界はやっぱり厳しいなと思い大学院では残りの競技生活を楽しもうと考えていました。そうしたら、大学院の2年でタイムをもう2秒縮めることができたんです。楽しんで陸上競技ができたことに加え、研究に主眼を置いてその知見を自分のトレーニングに活かすことができたおかげで、競技力が伸びたのではないかなと思います。
——研究とは具体的にどのようなことをされていたのでしょうか?
薄田選手:大学3、4年のときは、運動生理学を研究していました。でも、運動生理学だけではなかなか世界のトップに近づくような知見が得られないと考え、大学院ではバイオメカニクスという学問で動きの解析をしたり、より速く走るためにはどういう動きがいいのかなどを研究していました。
——運動生理学とバイオメカニクスの違いを詳しく教えていただけますでしょうか?
薄田選手:運動生理学は、一言で表現するとエネルギー代謝になります。有酸素性のエネルギーや無酸素性のエネルギーというものがあるのですが、800mを走る際に効率よくエネルギーを使用するにはどういったペース配分がよいのかを考えていました。また、運動生理学は有酸素性トレーニングをする際にも用いられていて、自らの有酸素性能力を測って、その値をもとにトレーニングをおこなっていました。
バイオメカニクスは一言でいうと「動き」、ランニングフォームです。人の関節にシールを貼って、棒人間が動いている状態にすると、走っているときにどういう角度で関節を動かしたらよいのかがわかるようになります。自分のフォームと世界トップレベルの選手双方でおこない、どういったランニングフォームの違いがあるのかを比較したりしていました。
——選手自身が研究をおこなうのは一般的なのでしょうか?
薄田選手:珍しいと思います。筑波大学は陸上競技でいくら成果を残していても卒論が免除されるということはありません。その結果として、学問の世界に足を踏み入れられた形になったのでよかったと考えています。
——就活では大手企業に数社内定をもらったと聞いていますが、DeNAへの加入の決め手を教えてください。
薄田選手:一陸上競技・中距離の特性を理解して応援してくださり、環境を整えてくれたというところが一番大きいです。実は、陸上競技の中で中距離はまだ人気がなく、国内トップレベルの力を持っていても実業団に加入できないという現状があります。内定をもらった企業に中距離を続けられないか直談判してみたりしたのですが、なかなか難しかったですね。
そんななか、DeNAには同じ横浜市出身の館澤 亨次選手が所属していたので、お話をさせていただく機会がありました。その際に、陸上競技の中距離選手としての取り組みを応援してくれたことはもちろん、私自身のビジネスマンとしても頑張りたいという思いも応援してくれるという二つの側面の応援に非常に興味を惹かれました。
——週にどのくらい練習をされているのですか?
薄田選手:ほぼ毎日走っています。いわゆるポイント練習という負荷が高い練習は週に3回くらいです。現在は、企業に所属をしているメンバーが集まる、日本で唯一の中長距離のトラッククラブ「TWOLAPS」という組織でトレーニングをおこなっています。そのため、そのチームに合わせておこなっているので、練習は基本的に午前中で、午後はビジネスをおこなうという勤務体系です。
——会社員としては具体的にどんな業務をされているのでしょうか?
薄田選手:現在は、ランニング事業開発部でさまざまなランニングイベントの設計や運営、自分自身の選手活動のマネージメントもおこなっています。
海外遠征などの際は業務に中々入れないこともあるのですが、部署の皆さんが競技に対してすごく理解をしてくださるだけでなくいろんなサポートもしてくださっているので、とても働きやすい環境です。
*DeNAアスレティックスエリートの取り組み:https://dena.com/jp/story/44/
——社内業務を通して、得られたことはありますでしょうか?
薄田選手:今一番学んでいることは、裏方としての動き方です。これまで自分は選手だけのことしかやってこなかったので、イベントに出ても、ただその時間に行って終わりだったのですが、イベント一つを作りあげるには、裏方の人が何ヶ月も前からいろいろ細かい準備をし、いろんな方との調整をおこなって、初めてその日を迎える、ということに気づけたので、その大変さやありがたさはすごく学びになりました。
——DeNAはスポーツと、スマートシティに力を入れていますが、横浜に対する思いや、横浜でやりたいことはありますか?
薄田選手:横浜は私の地元で大好きな街なので、ランニングを通してもっと活性化できればと思っています。ランニングイベントをやるとなると都内の大きい公園が多く、横浜はまだあまり多くない印象です。横浜は海沿いや歴史的な建物があって、ランニングイベントを開催する街としてのポテンシャルはあると思っていますので、ランニングと横浜という街を掛け合わせてなにかやっていきたいなと思います。
——五輪も控えていますが、直近の目標と将来的な目標はありますか?
薄田選手:直近はやはりパリ五輪があるので、そこに出場するために1分44秒70というタイムを切るのが一番の目標です。あとは、6月の日本選手権で優勝することも目指しています。 さらに2025年に東京で世界陸上があるので、そこで日本人初の決勝進出を果たしたいです。これまで日本人が800mに出場しても予選で敗退してしまっていたので、日本人として世界を舞台に戦えるようになりたいと思っています。
——今後自分でやってみたい事業や思い描いてることはありますか?
薄田選手:最終的には陸上競技のコーチングをしたいなと考えています。通常であれば、自分の経験をもとに指導されている方が多いと思うのですが、自身のおこなってきた研究などから得たエビデンスに基づいた正しい走り方や、トレーニングを普及させていきたいなと考えています。そして、陸上競技がビジネスとして成り立つようなシステムを作ることが自分のキャリアの最終目標です。
人生の目標でいうと、日本国内ではあまり知られていない中距離をメジャーにしたいと思っています。すごくポテンシャルが高く、世界で活躍できる可能性がある選手でもやめていってしまう現実があるので、中距離選手がアスリートとして働けるような環境を作っていくことが私の最終目標でもあります。私自身がそのロールモデルとなって、ほかの中距離選手にも良い影響が与えられるようになったらいいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
撮影:小堀将生