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2024年4月から医師の働き方改革が開始され、これまで医療機関で働く勤務医の実質労働時間の制限がなかった状態だったのに対し、医師の時間外労働上限規制が適用され、法律により健康保護措置を取ることが義務付けられました。
日本の質の高い医療サービスを続けていくために、医療体制を保ちながらどう改革していくのか。施行から半年がすぎた現状と共に、元医系技官でCMO(Chief Medical Officer)兼 CHO(Chief Health Officer)を務める三宅 邦明(以下、三宅)と、元外科医師で株式会社アルムの執行役員兼Join統括部ACU事業部部長を務める泉田 博彬(以下、泉田)に聞きました。
2019年の厚労省調べによると、月80時間以上の時間外労働をしているのが全体の4割、その中でも1割は月160時間越える時間外労働が発生するなどの長時間労働が問題となっていました(※1)。
医師の長時間労働は、医師自身の健康状態の悪化やヒヤリ・ハットに繋がり、安全確保、人材確保に悪影響を与えることから、持続可能な質の高い医療サービスの提供に支障が出ると言われています。そこで、医療業界では、2024年4月から時間外労働の上限規制の運用が始まりました。
この改革では、医師の業務種類ごとに業務の年間の時間外労働を制定。一般的な水準Aでは原則960時間以内に、また連続勤務は28時間と設定されました。業務と業務の間は9時間以上の休息を取る、勤務間インターバル制度などが盛り込まれています。また、違反した場合には労働基準監督署による是正勧告や指導、罰則が与えられます。
労働時間を遵守しながら、医療の質を維持していくためには効率的な働き方、つまりタスクシフトシェアや医療におけるDX化が求められています。
※1 医師の働き方改革.jp
右:三宅 邦明 1995年に厚生省(当時)へ入省、厚生労働省健康局健康フロンティア戦略推進室、結核感染症課、医政局研究開発振興課、内閣官房新型インフルエンザ等対策室など、新規施策の立案から医療情報・医薬品・医療機器の開発に至るまで各種施策に携わる。2019年4月、DeNA入社、Chief Medical Officer(CMO)に就任、2021年にCHO(Chief Health Officer)室長にも就任。左:泉田 博彬 外傷外科医、心臓血管外科医としての修練を積んだ後に、大学病院の医療安全管理部に勤務。2023年4月より株式会社アルムへ入社し、執行役員兼Join統括部ACU事業部部長を務める。
ーー泉田さんは以前医師として働かれていたわけですが、勤務時間など振り返っていただけますか?
泉田:長時間働くのは当たり前になってましたね。私のキャリアは非常に忙しい病院の外科の研修医からスタートしたんです。少し極端な例にはなりますが、そこでは、睡眠時間が3時間以下で何日間も働かざるを得ない状態になることもありました。ただ、そこに疑問はなく「自分は医師になったわけだし、患者がいたらいつでも診るのは当たり前」といった感覚でした。
家に帰ったあとも病院からの連絡は四六時中で、連絡がきたらいつでも対応ができるようにしておく必要がありました。特に私は救急外来や心臓血管外科など、重症患者が比較的多い診療科で働いていたこともあり、状況によっては夜間に病院へ行き、そのまま泊まり次の日の業務を迎える、ということも日常茶飯事でした。
今振り返ると、パフォーマンスの最大化できるコンディションの維持には必ずしも十分な中止が向けられていなかったなと思います。自分の違和感に気づいてから休むのでは手遅れで、そうなる前に休めるような環境が良いと思います。
ーー医師の長時間労働は、他にどんな影響があるのでしょうか。
三宅: 研鑽する時間がなくなることです。新しい治療法がどんどん開発されてる中、医師には常に最新の医療知識のアップデートも求められますよね。医師は医療に従事している時間以外も、 病院にしかないいろいろな機材を使って勉強したり練習したりしていたわけです。ではこの時間を勤務時間とみなすのかどうかという議論があがってきます。業務時間として皆して長時間労働をなくそうと、この時間まで奪うようになってしまっては本末転倒じゃないですか。
私は、研鑽していくことは医師としてやるべき業務の中でも上位にあると思っています。だからこそ、周辺業務をできるだけ効率化して、学ぶための時間をきちんと確保してあげる必要があるのではないか。また、AIなどを駆使して学びを効率よくできる工夫をしていくことも必要だと考えています。
泉田:そうですね。医師はベッドサイドから離れても学ぶことが求められています。しかし、それを業務時間に含めるのかなど、業務の輪郭が曖昧になってしまう部分をどう解決していけばいいかは手探りですね。
三宅:そこで2019年頃から世の中全般が働き方改革をしなくてはいけないという中、運送業や医療業界は急に働き方が変わると世の中が混乱するっていうことがあって、 他の職種よりも遅れて2024年から実施されました。
これが意味してるとこは2つあると思うんです。1つは社会的影響が大きすぎる業界であること、他の職種よりも是正がすぐにはできないほど長時間勤務が常態化していたということではないかな、と。
ーー医師の働き方改革はとても難易度が高いと聞きました。その理由などを教えてください。
泉田:働き方をよくした方がいいというのは、私も大賛成ですし医師側からみてももちろんそうです。でも、皆さんが患者になった瞬間、時間に関わらず主治医の先生に診て欲しい!という気持ちになることもあると思うんです。
このジレンマは働き方改革が難しい一因だと考えています。医師自身も、患者を自分でちゃんと診たいという思いがあるので、自分が休んでいてもちゃんと医療が動く仕組みをつくる必要がありますよね。
三宅:まさに、医師が24時間対応してくれるという患者が求めるコンビニエンスな状態の一方で、それは医療安全、医療体制、地域の医療体制の維持に非常にリスクがあるんです。
医療安全というところでいうと、医師は頑張ってるけれども睡眠時間が極端に少ない状態ではヒヤリ・ハットが起こりやすくなってしまう。だから、きちんとした医療サービスの提供と享受を叶えるためには、きちんと休んで元気に働く体制が必要になってきます。
また、地域の医療体制の維持についていうと、医師がほとんどいない地域なのに、その医師が疲れ果てて働けなくなってしまうと起こるのは地域医療体制の崩壊です。医療安全と体制の維持のためには、ここを変えないとどんどん悪循環になってしまうんですね。
ーー解決策として、タスクシフトシェアやチーム体制の確立があるとも聞きました。こちらは解決策になり得ますでしょうか?
三宅 :解決には、医療の量を減らすことと量のこなし方を変えるという2つにわけられます。医療の量を減らすという意味では薬局の積極的な有効利用などですが、これも限りがありますよね。
そこで、各医療機関が策定する医師労働時間短縮計画においては、①タスクシェア・シフト、②医師の業務の見直し、③その他の勤務状況の改善の3分類で検討することとなっています。各機関内で、医師以外の多職種に業務を移管したり、業務を分け合ったり、複数の主治医制、当直体制の見直しなどが挙げられています。
しかしながら、機関内で人が行う業務の総量を変えずに工夫をおこなうというのは限界があると思っています。やはり、IT、医療DXなどを活用した省力化や地域の他院と連携するなどの地域での効率化が不可欠ではないでしょうか。
地域内にいくつかの病院があることが日本の医療の特徴ですが、病院はずっと忙しいことは少なく、断続的に働くことになるので、複数人で順番を決めて代わるがわる担当になる輪番制にしたり、手術などの人手がかかる機能を集約化したりするなどの効率化が重要です。
泉田:私は、先ほど一番目に挙げられたタスクシフトの件が気になっています。医師の業務を減らすために他職種に業務を移そうとするわけですが、業務を渡される看護師やその他の職種の方の働き方も考えなければ根本的な解決にはならないということです。看護師も忙しいので、タスクシフトと言って業務を受け渡す場合も、受ける側の状況を考えないと、現状ではメリットが弱い気がしています。
だから、 医師だけの働き方を変えようとするのではなく、病院の全部の業務をどうするかを考える「病院の働き方改革」が必要だと思います。 病院の管理者側から、タスクシフトを含めて業務改善を行い病院で働く全員、患者の全員がハッピーになるという絵を描いて、見せていかなくていけないと思います。
三宅:そうだね。そういう中で自分がIT業界にきて、医療業界を俯瞰して遠くから見たときにやっぱりITの活用で業務を効率化することに意味があるのではないかと思っています。泉田さんはそういうことも見越して、アルムに来てくれたんじゃないかなと。
泉田:まさにその通りです。医師は患者を診断して、診療方針を立てるのはそこまで時間のかかる話ではなく、それを記録に書いて、さまざまな方面にオーダーを出します。医療安全をより強固なものにするためのオペレーションや確認という、診断や診療の周辺業務に非常に時間がかかるんです。
また医療安全をより強固にするのは大切ですが、そのためのオペレーションが過度に増えると確認事項ばかりが増え、逆に見落としを生むこともあります。医療の量、つまり、医療を必要とする人の量を減らすのは難しいと思うので、医療のオペレーションをもっとスムーズにできる術をいつも考えています。
ーータスクをシェアするという文脈では、チーム医療というのも最近よく聞くようになりましたね。
三宅:これまでは主治医だけが患者やその家族と向き合い、治療方針の説明やご家族への対応してきましたが、チームとしてきちんとした情報共有をしている今、主治医以外が説明にあたる機会があっても、不安に思わないでいただきたいというのはありますね。
泉田:効率的でいいと思う部分と、自分の家族が病気になって説明されるときに主治医がいないときの不安な気持ちと、両方わかるなと思っています。チーム内での情報共有がきちんとされているということをまず多くの方に知っていただき、チームの誰が患者や家族に向き合っても遜色ないというのを当たり前にしていきたいです。
「Join」のように情報共有やコミュニケーションに長けたプロダクトは、今後医療を変える可能性があると思いますし、その手応えも感じました。これまで医療業界ではインターネットやデジタルを積極的に取り入れることに及び腰でした。扱っている情報がとてもセンシティブなものなので、慎重になるのも当然ではありますが、やはりそこの融合は欠かせませんよね。
三宅:DeNAグループのアルムのような存在が風穴を開けていくことは結構重要だと最近強く感じてるところです。特に「Join」は医療機器認証も受けているので、そういったところでも活用している病院が増えてきて、それが病院で働く人たちの助けになっているというのも聞くと嬉しいですね。
ーー今お話しのあった「Join」について詳しく教えてください。
泉田:「Join」は、PACS(医療用画像管理システム)などと連携し、チャットへ必要な医療情報を共有することで診療を可能にする、日本初の医療機器プログラムとして認証および保険収載されている医療関係者間コミュニケーションアプリです。oi
三宅:例えば、脳卒中を起こした患者が急患で運ばれてきて、CTスキャンを撮り、そこから見える状態を電話で医師に説明することが主でした。しかし、言葉の無力さといいますか、何が起こっているのか的確に表せないんです。そのため、医師は判断ができず、結局病院に来る必要がありました。
泉田:実際に医学書には症状ごとの表現の仕方や言葉の定義が載っているんですが、喋りながらそれを伝えるのは難しいし、伝わらないんです。
三宅:それが、CTの画像を簡単に家でスマホで見れるようなJoinが普及することで、帰宅していた医師が再度病院にいくべきなのかといった判断ができるようになり、オンコールの約7割が病院にいく必要がないという判断ができるようになったといいます。
また、治療を進める上でのプロセスも、以前だったら病室の確保や検査室の空き状況など、別々に数カ所に電話をかけて調整する必要がありましたが、「Join」を使うことで脳卒中チームに一斉に情報が届き、それぞれが必要な準備を始めることができます。
20分かかっていた指示が30秒で済むといった効率化が叶うんです。特に、脳卒中のように1分1秒が勝負となる症状において、この効率化はすごく大きいです。
現在、救急や緊急を要する部門がメインではありますが、多くの大学病院が導入していたりして、まだまだこれからだけども、 一定のプラットフォームにはなりつつありますよね。
ーー最後に、医師の働き方改革をより効果的に進めていくためにどんなことが必要か聞かせてください。
泉田:医療は医療者だけが動かすものではなくて、患者も参加するものだと考えています。 医師の働き方が劣悪な状態という現状が、患者側にどういったデメリットがあるかなど、共通意識を持っていただけると嬉しいですね。
三宅:まさに患者もそのご家族も医療に参加しているという意識を持って、診療時間内での受診を心がけることからはじめていきたいですよね。
泉田:また、医療者の意識改革も必要だと思います。私も子育てが始まったときに育児と仕事の両立という問題に直面したことがありました。それまで当たり前のように深夜までしていた業務を、子どものお迎え時間に合わせて調整しはじめたんです。かなり力技な部分はありましたが、なんとか成立したときに振り返ると、結局病棟で関わる看護師やチームのメンバーが時間内に仕事を終わらせるという目的を理解し、共有してくれたことが大きかったと思っています。それに「なんだ、できるじゃないか」と思ったのも事実で、医療者の皆さんの努力で達成可能なものなんだと理解して欲しいです。
今までの当たり前を疑って、最適化していく意識の改革は必要ですが、この努力が個人に委ねられるのではなく、病院として意識を変えていければ、さらに大きく前進すると思います。
三宅:昔ながらの働き方に慣れてしまっている層が多い現状は、どうしても改革のスピードは遅いかもしれない。でもこれから医師になる人たちが、改革後の働き方を当たり前のものとして病院に新しい風を吹かせてくれることで、少しずつ風土が変わっていく、文化づくりのようなものだからどうしても時間がかかるんだろうね。
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