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やる気の中途半端な人は新規事業に入れたくないという強い気持ちから、遺伝子検査サービス「MYCODE(マイコード)」の立ち上げ期に、慎重に人選をしてチーム作りをしていったことは前回お話しした通りです。ところがそこに1人、〝招かれざる客〟がやってきました。ソニーから転職してきたばかりの中肉中背の日本人男性、F橋です。
ーー「南場智子のDNA 私の仕事哲学」(日経ビジネスアソシエ2015年10月号)より
DeNAの南場智子会長にこんな第一印象を持たれていたこの「F橋」とは、現在DeNAライフサイエンス(DLS)事業企画部で働く古橋宏紀さんその人(トップ写真)。上記の続きに書かれているように、第一印象とは打って変わり、現在はヘルスケア事業の立役者として活躍しています。
今回はその古橋さんの本人像に迫ると共に、消費者向け遺伝子検査サービス「MYCODE」立ち上げ時の泥臭いエピソードや、遺伝子検査に限らないDeNAグループのヘルスケア事業全体の未来像について知ることを目的に、本人にインタビューしてみました。
――古橋さんがDeNAに入社したのは2013年6月。最初からヘルスケア事業を担当する予定でしたか?
古橋:いえ、入社前は何も決まってませんでした。入社3ヶ月後に最初に配属されたチームが解散して異動を言い渡されました。異動先は、コーポレートディベロップメントオフィス(CDO)という2名体制のチームでした。「M&Aも視野にゲーム以外の大きい市場に参入することがミッション」だと聞かされました。
「M&Aって言われても知らないし!」と思いながら、M&A関連の本を3冊くらい買って、1週間で読んで。それが「新規事業として遺伝子検査を」という流れになり、翌週には部署のミッションがあっさり「遺伝子検査事業立ち上げ」に。「M&Aの本を読んだ時間はなんだったんだ」と思いながら、次は遺伝子検査の本を取り寄せて......(笑)。そんなこんなで初期から関わって、今に至ります。
――「MYCODE」立ち上げ当時から、仕事は順風満帆でしたか?
古橋:南場さんが「第二の創業をドリームチームでやるんだ!」とメラメラ燃えており、そんな中に全く面識のない私が加わったので、最初は「誰この人?」みたいな、寒い空気が漂っていました(笑)。中途入社社員って、普通ならそれまでの経験や知見を活かして即戦力として仕事をすると思うんですが、自分はヘルスケア業界にいたわけでもなければ研究者でもなく、ITの新規事業を立ち上げてきたわけでもありません。物流やサプライチェーン、メーカーの考え方はわかっていたので、ある程度交渉で活かせた部分はありました。でも、基本、ズブの素人がドリームチームに入ったわけです。
▼「MYCODE」立ち上げ間もないころの古橋さん(自社ラボにて)
――まったく知見のない分野の担当で、不安はありませんでしたか?
古橋:もともと前職時代から、今までにない商品やサービスで新たに市場を作っていくパッションは強く持っていたので、「遺伝子検査やります」と言われたときも「ラボを立てよ」と言われたときも、二つ返事で飛び込めました。南場さんとも仕事を通して次第に打ち解けられましたね。「MYCODE」はリリース直後の販売で試行錯誤しましたが、DeNAライフサイエンス(DLS)全員の不断の努力によって、去年後半ぐらいから勝ちパターンが見え始め、会員数も伸びてきました。
――今だから言える失敗談やエピソードはありますか?
古橋:立ち上げ時代に心残りだったのは、唾液を採取するキットの選定です。世界中のキットを探しまわったんですが、時間切れもあってサービス開始時は海外の既存の採取キットを採用させていただきました。海外からの輸入なので発注から納品までのリードタイムも長くコスト面の課題もあり、これが非常に悔しくて、勝手に内職気味に自分でキットを作ることにしました。
まずはプラスチック容器が必要なので、プラスチック製造業者の協会一覧から品質・技術面で一定基準を満たす会社を順番にアタックし、話に乗ってくれた会社と独自の構造を持つ容器のデザイン検討を始めました。
問題は容器に入れる唾液の保存液で、既存製品は各社その組成を開示しないので分からない。自分たちでゼロから考えなければならなかった。ラボメンバーと手探りで組成に関するいくつかの仮設を立て、検証に試行錯誤を重ねて当たりをつけ、12ヶ月ぐらいかけてエイジングテストもして、今年やっと完成しました。実はここ数ヶ月、「MYCODE」はDeNAオリジナルの唾液採取キット(上の写真)を使っています。
――「MYCODE」の今後の展開の予定は?
古橋:一般的には消費者向け遺伝子検査サービスとしての顔しか知られていませんが、会員が一定規模になってきた去年後半から、「MYCODE Research」として他社のヘルスケア商品の研究開発のお手伝いを始めています。昨年は味の素さんと「MYCODE x アミノインデックス」というテーマで共同研究を行い、そのほかの企業さんとも共同研究を実施しています。
世界的には遺伝子データを活用した疾患の治療薬開発が進められており、我々もMYCODEのデータを医学研究、創薬研究に応用できないか検討しています。
――病気予防の観点だけでなく、創薬に使えるデータも蓄積されているんですね
古橋:「MYCODE」の会員数が今後さらに増えたときに、創薬の観点での「MYCODE Research」の価値も飛躍的に高まってくるのではと考えています。研究にはMYCODE会員の参加協力が不可欠なのですが、会員の方とはサービスを通じて常に接点があるので、募集をかけると瞬時に定員が埋まり、かつ皆さん最後まで真面目に参加してくれるんです。これらの強みを活かして、現在企業向けの研究開発支援事業が徐々に立ち上がっています。
――今月のはじめには、森永乳業さんとの腸内フローラに関する実証事業も発表されました
古橋:日本人の多くは腸にビフィズス菌が常在しているのですが、通常その割合は生まれてすぐの乳児期が一番多く、加齢とともに下がっていくんです。ところが、高齢でもビフィズス菌量が多い人・若くても少ない人がおり、「菌量は宿主の遺伝子と関係あるのでは?」という仮説を森永乳業さんが持っていました。森永乳業さんは人間のゲノム情報は扱っていないので、是非DeNAと一緒に、と話がまとまったわけです。
製薬・食品メーカーや通信キャリアなどを筆頭に、ヘルスケア市場にはさまざまな企業が参入しています。しかし、中にはITを用いたプラットフォームの運用と、データ解析に困っているところも多くあります。結果、「DeNAと組みたい」となるケースが多々あるので、こういったアライアンスを通じてもデータを押さえていきたいですね。
――そうやってビッグデータが集まることで、さらに研究の精度も上がっていくんですね
古橋:「MYCODE」を通じてゲノムデータを、住友商事さんと協業の「KenCoM(ケンコム)」を通じて健診・レセプトデータを、ドコモ・ヘルスケアさんと協業の「歩いてオトク」を通じてライフログを......と、それぞれのサービスを通じてデータを蓄積していくところが肝なんです。水面下でもさまざまなサービスや研究が進んでいますが、それらを繋げていきたいと思っています。DeNAは独自のデータを持っているし、他社とも組める。最近は人工知能にも注力しはじめましたし、全体としてヘルスケアのデータプラットフォームの構築を目指したいと思っています。